"21年目の誤公式" 第9話
数か、教育関係者からの依頼を受け、ひなは帰国初めてさな講演をった。会は阪にある公民館で、学のホールとは比べものにならないほどさかった。
客席には、計算が苦な子どもたちや、その保護者が座っていた。
ひなは方の黒板へ、簡単な数の並びをいた。難しい公式を見せるのではなく、定の隔で増える数字や、繰り返される形を、を叩くリズムと緒に説した。
「計算は、とし似ています」
ひながを叩くと、子どもたちも真似をした。
「違えたは、音が途でずれます。でも、ずれたところまで戻れば、また続けられます」
最初は緊張していた子どもたちも、次第に楽しそうな表を見せた。数字をのだけで追うのではなく、声や拍子の流れとしてじ始めていた。
「計算は技術だけではありません」
ひなは祖父のノートを胸のでいた。
「違っても、静かに戻ればいいんです。自分が変だとじた音を、最初から違いだとわないでください」
その言葉は、子どもだけでなく、たちにもく届いた。
講演、何もの保護者がひなのもとへ来た。計算が苦で自信を失っていた子どもが、初めて楽しそうに数字を見ていたと、涙を浮かべて話すもいた。
その、ひなの数の捉え方は、国内の教育関でしずつ研究されるようになった。
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数字の並びを音やリズムとして理解する方法は、「桜井式覚暗算」と呼ばれることもあった。しかし、ひなはその名を自分だけのものとして独占しようとはしなかった。
「これは、おじいちゃんと緒に作ったなんです」
教育関係者から、方法を正式に管理してはどうかと勧められた、ひなはそう答えた。
「は、みんなで渡るためにあるから、誰でも使えるようにしたいです」
祖父から受け取ったものを、自分だけの才能として閉じ込めたくなかった。
アメリカの学で起きた来事も、違いを見つけたことだけが切なのではないと、ひなは考えていた。
さな声でも、聞こうとするがいれば届くこと。
でも違えることがあり、それを認めることは恥ずかしいことではないこと。
そして、笑われたとしても、自分がじた違を確かめる勇気を持つこと。
それこそが、祖父から教わった数のだった。
が訪れたある、ひなは母と緒に祖父の墓参りへ向かった。
墓へ続くには桜が咲き、が吹くたびに淡いびらが静かにっていた。ひなは両でを抱え、母のしを歩いていた。
墓へ着くと、母がをかけ、ひながを供えた。
線の煙が、の空気のを細くっていく。ひなは墓のにしゃがみ、リュックサックから祖父の古い数学ノートを取りした。
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表は以よりもし傷んでいた。
アメリカへくも、学で笑われた夜も、教授たちのにったも、ひなのそばにはこのノートがあった。ページをけば、祖父がいた数字と、幼いひなの落きが同じ所に並んでいる。
「おじいちゃん、約束を守れたよ」
ひなは墓へ向かって、さく語りかけた。
「言葉が違うたちとも、数字の音で話せたよ」
母はしれた所にち、娘の背を見守っていた。
「最初は笑われたけど、ちゃんと聞いてくれるもいた。違っていたことを認めて、謝ってくれたもいたよ」
ひなはノートのページを、にばされないようで押さえた。
「今は、数字が苦な子にも音のことを話してる。みんな最初は分からないって言うけど、を叩くとしずつ分かってくれるんだよ」
桜のびらが1枚、かれたノートのへ落ちた。
ひなはそれを指先で拾いげ、祖父のいた数式の横へそっと置いた。
「これからも、違っているとったら、ちゃんと確かめるね」
が吹き、ひなの頬を優しく撫でた。
その温かさは、幼い頃に祖父がを撫でてくれたのひらに似ていた。
「それから、自分が正しかったも、偉そうにしないようにする。違えたが戻ってこられるように、ちゃんと待つよ」
ひなは目を閉じた。
学のロビーで数式を見つめた、のに流れていた音をいす。