"21年目の誤公式" 第2話
しれた所から様子を見ていた母が、すぐにひなのそばへ来た。母は何も言わずに娘の肩を抱き、そのからゆっくりとれた。
「もう見なくていいよ」
母は本語で優しく声をかけたが、ひなは返事をしなかった。歩きながら何度も振り返り、ざかっていく黒板のを見つめていた。
アメリカに来てから、ひなは話すことよりも、見ることへ識を向けるようになっていた。英語で何かを言えば聞き返され、言い直そうとすると相を待たせてしまう。
けれど数字なら、言葉を必としなかった。本でもアメリカでも、正しいものは同じ形をしている。
だから、ひなは数字が好きだった。
そのの学見学が終わっても、ひなののから、あの数式が消えることはなかった。
夜になり、ひなと母は学くのホテルへ戻った。昼の華やかな空気とは違い、さな部には空調のい音だけが流れ、窓のには見らぬのかりが並んでいた。
母がシャワーを浴びている、ひなはベッドのにリュックサックを置いた。からノートと鉛を取りすと、枕を背に当て、昼に見た公式をいしながらき始めた。
正確に覚えている部分をから順番に並べ、記号と記号の隔を確かめていく。々鉛を止め、目を閉じたまま、ので数式の流れをたどった。
広告
蛍灯のいが、ノートのでかすかに揺れていた。
「やっぱり、ここが変なんだよ」
までき終えたひなは、その部分を鉛の先で軽く叩いた。式のにある係数を別の値へ変えると、それまで途切れていた流れが静かにつながるようにじられた。
ひなはリュックサックの底から、もう1冊の古いノートを取りした。表の角が擦れ、何度もいた跡が残っている。
それは、くなった祖父が使っていた数学のノートだった。
祖父はい、本ので数学を教えていた。ひなが数字に興を持ち始めると、難しい公式を暗記させるのではなく、数の並び方や変化を緒に眺めながら、何度も同じ言葉を聞かせてくれた。
――ひな、数字には性格があるんだよ。
――違をじたら、それは数字が何かを教えてくれているなんだ。
祖父の声が、の奥で静かによみがえった。
ノートには、波の形や数字の周期が、音符のようなさな印と緒にき込まれていた。まだ幼かったひなが描いた丸や線も、そのまま残されている。
ひなは祖父のノートと、自分がいた式を見比べた。昼に笑われたには揺らいでいた確信が、しずつ戻ってきた。
その、浴の扉がいた。
髪をタオルで拭きながらてきた母は、ベッドのにノートを広げている娘を見てを止めた。
広告
すぐに声をかけず、ひなが鉛をかす様子をしばらく見守った。
「まだ、あの数式を考えていたの?」
母がそっと尋ねると、ひなは鉛を置いた。
「うん。見れば見るほど、違う気がする」
母はベッドの端へ腰をろし、かれている数式を見た。しかし数学に詳しくない母には、どこがどのように違うのか判断できなかった。
「本当に違っていたら、どうする?」
ひなが尋ねると、母はすぐには答えなかった。
「もう度、伝えてみたい?」
し考えた、母が聞き返した。
ひなは昼の笑い声をいし、膝ので両を握った。
「また笑われるかもしれない」
「それでも、伝えないままでいいの?」
母の声は穏やかだった。正しいとも、違っているとも言わず、ひなの気持ちだけを確かめようとしていた。
ひなはしばらく黙ってノートを見つめた。
もし自分の考えが違っていたら、謝ればいい。けれど、本当に違っていたのに、何も言わずに帰ってしまえば、ずっと悔するような気がした。
「にいて渡したい」
やがて、ひなは顔をげた。
母はさく頷き、ホテルの机から便箋を1枚取って娘へ渡した。ひなはノートの式を丁寧に写し、違を覚えた部分へ丸をつけた。
そして、その横に自分が正しいとう式をいた。
英語の文章をくところでが止まったため、母が辞をきながら伝った。
何度かき直した末、の端にい言葉を添えた。
「違っていたら、ごめんなさい。