"21年目の誤公式" 第1話
アメリカにある名学では、その、般の族やから訪れた子どもたちを迎える特別な催しがかれていた。内ツアーや公講義、「未来の科学者たち」と題された交流企画がわれ、普段は張りつめた空気に包まれている物理学棟にも、るい笑い声とカメラのシャッター音が響いていた。
本から母と緒に参加した桜井ひなは、まだ幼さの残る8歳の女だった。さな体にはしきすぎるリュックサックを背負い、見らぬ言葉がび交う混みので、母のをしっかりと握っていた。
アメリカへ来てから、まだ半しか経っていなかった。常会話にはしずつ慣れてきたものの、勢ので英語を話すことには、今もい緊張を覚えていた。
母と並んで物理学棟のロビーへ入ったひなは、を止めて周囲を見回した。い井、磨かれた、壁に並ぶ歴代研究者たちの写真は、子どもにとってはどれも見げるほどきく、建物そのものが巨な識の箱のように見えた。
そので、ひなの目をく引きつけたものがあった。
ロビーの正面に設置されたきな黒板に、複雑な数式が描かれていたのである。それは21に学内で発表された研究を象徴する公式で、学を訪れたたちが記写真を撮る定番の所にもなっていた。
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黒板のには何組もの親子が並び、式のが分からない子どもたちも、楽しそうに指を差して写真に収まっていた。ひなは母のをすと、のを縫うようにしてへみ、黒板のすぐくにった。
文字と記号が、黒い面いっぱいに広がっている。
けれど、ひなにはそれが難解な記号の集まりには見えなかった。数式の流れは、音楽の譜面のように定の調子を持ち、それぞれの記号が決められた所で静かに呼吸しているようにじられた。
ひなは首をし傾けながら、から順番に目で追っていった。やがて線がの部分に届いた、そのさな眉がゆっくりと寄った。
そこだけが、周囲とっていなかった。
目で見れば、ごくわずかな違いだった。記号の位置と、ある係数の値が、の部分から浮いているようにじられたのである。
ひなは何度も最初へ戻り、もう度同じところまで目でたどった。しかし、やはりへ来ると、ので続いていた静かな音が急に濁った。
「ここ……違うかも」
ほとんど独り言のようなさな声だった。
ところが、くにっていた学の案内スタッフが、その言葉を聞き取って振り返った。女性スタッフは胸元の名札を押さえながら、笑顔を浮かべてひなのそばへ歩み寄った。
「何か気になるところがありますか?」
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流暢ではあるものの、ひなにとってはし速い英語だった。ひなは瞬戸惑い、母の姿を探すように振り返ってから、黒板へ向き直った。
言葉だけでは、うまく説できそうになかった。
そこでひなはをげ、黒板のにかれた式を指差した。指先をしかしながら、係数と記号の位置を示した。
「ここの数字と、この記号です。たぶん……並び方が違います」
ひなの声はさかったが、そのには確かな覚があった。自分でも、なぜそうじるのかを完全には説できなかったものの、その部分だけがっていないといういは消えなかった。
しかし、女性スタッフは黒板を度見げると、困ったように肩をすくめた。
「ああ、これは来訪者向けに掲示してあるものなの。細かいところまで気にしなくて丈夫よ」
その隣にいた案内役の男子学も、ひなの指先を見ながら笑った。
「でも、8歳でそんなところが気になるなんてすごいね。本の子は、細かいところまでよく暗記するんだな」
冗談のつもりだったのかもしれない。
けれど、その言葉を聞いた周囲の子どもたちや保護者から、くすくすとさな笑い声が漏れた。誰かがひなを見て、何かを囁いているのも聞こえた。
ひなは伸ばしていたをろし、元へ線を落とした。胸の奥に、たいがゆっくりと広がっていくような覚があった。
数式のことを分かってもらえなかったしさよりも、自分の見方そのものを笑われたことが苦しかった。