"藤蔵は二度生きた" 第6話
伝郎は、勝郎と源蔵を敷へ呼び、世の記憶について詳しく尋ねた。勝郎は緊張しながらも、これまで族に話した内容を1つずつ答えていった。
「の名は何といった」
「藤蔵です」
「どこのにんでいた」
「程久保です」
勝郎は、久兵とおしづ、半郎の名をにした。藤蔵が6歳で疱瘡にかかったことや、にい髭の老に導かれたことも、質問に応じて語った。
伝郎は父親からも事を聞き、親子の話を記録として残した。勝郎の証言は、単なるの噂ではなく、領主が確認した来事として扱われるようになった。
その頃、戸で名をられた国学者、平田篤胤も勝郎の噂を聞いていた。篤胤はの世界や魂の方にい関を持ち、がんだにどこへくのかを考え続けていた。
世の族やの瞬を覚えているが戸へ来ているとると、篤胤はどうしても直接話を聞きたいと考えた。を通じてへ願いて、勝郎を自らの学舎である気吹舎へ招いた。
勝郎は父親に付き添われ、湯島にある気吹舎を訪れた。部には篤胤だけでなく、話をき留める者も待っていた。
たちに囲まれた勝郎は落ち着かず、何度も父親の方を見た。篤胤はが怯えていることに気づき、すぐに難しい質問をすることは避けた。
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「ここでは、誰もおを叱らない。覚えていることだけを、ゆっくり話してくれればよい」
穏やかな声をかけられると、勝郎はしずつ緊張を解いた。篤胤は数にわたって話を聞き、同じことを別の聞き方で確かめながら、証言にい違いがないか調べていった。
勝郎は、藤蔵として病に伏したの覚を語った。自分の体が棺に納められ、墓穴へろされたにきな音がし、魂だけが体かられたという。
「んだは怖くなかったのか」
篤胤が尋ねると、勝郎はし考えてから首を振った。
「最初は母ちゃんに声が届かなくてしかった。でも、い髭のおじいさんが来てからは、ついていけばいいとった」
「その老を以に見たことはあったか」
「なかった。でも、俺がどこへけばいいかっていた」
篤胤はの言葉をき留めながら、折その表を観察した。勝郎はがびそうな答えを選んでいるようには見えず、分からないことを聞かれると、分からないとはっきり答えた。
藤蔵の記憶だけでなく、まれるに現の両親の会話を聞いたという話も記録された。の困窮や母親が戸へ奉公にる相談は、両親しからなかったことも確認された。
篤胤は、勝郎本だけでなく父親や祖母の証言、程久保で確認された事実を理した。
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そして、その内容を『勝郎再記聞』という物にまとめた。
完成した物は写本となり、学者や文ので次々に読まれた。貸しされた本がい戻らないほど、くの者が勝郎の話にい関を示したという。
勝郎の物語は戸を越え、やがて京の公や宮にい々のにも伝わっていった。に囲まれた野の8歳のが語った記憶は、分もも異なる勢のを揺さぶった。
しかし、戸で注目を集めるも、勝郎のが突然になったわけではなかった。い聞き取りが終われば空腹を訴え、のい所では父親のそばをれようとしなかった。
世を語る議なであると同に、勝郎はまだ8歳の子供だった。
やがて用事を終えた父子は、野へ戻った。勝郎が歩き慣れたのへ着く頃には、戸での騒ぎがい来事のようにじられた。
だが、篤胤たちが残した記録によって、勝郎の話は本が成したも消えずに残り続けることになる。
戸から帰ったも、しばらくのは勝郎のを訪ねる者が絶えなかった。世について尋ねる者だけでなく、の世界の様子をりたいと願う者も現れた。
勝郎は聞かれれば覚えていることを話したが、成するにつれて藤蔵の記憶はしずつくなっていった。
幼い頃には目のの景のようにじていた来事も、次第にをいすのように曖昧になっていった。