"藤蔵は二度生きた" 第5話
しかし、冠が勝郎の話にをかされた理由は、識への興だけではなかった。冠には、姫という末娘がいた。
姫は聡で信仰がく、父親だけでなく周囲の々からも切にされていた。冠は娘の成を楽しみにしていたが、姫は6歳のに疱瘡にかかり、その幼い涯を終えていた。
娘を失ったしみは、が過ぎても消えなかった。姫が使っていた物を見るたび、冠はもう度声を聞きたい、再びその姿を見たいと願わずにはいられなかった。
そんな、6歳で疱瘡によりくなった藤蔵のまれ変わりだと語る勝郎の噂を聞いた。もし藤蔵が別のの子供としてまれ直したのなら、姫もどこかでしい命を得ているのではないか。
冠の胸に、わずかな希望がまれた。
冠は戸から野へ向かい、勝郎のを訪ねた。派ななりをした見らぬが突然現れたため、勝郎は緊張し、祖母の背に隠れてしまった。
冠が優しく話しかけても、勝郎はなかなかをかなかった。くのから同じことを尋ねられるようになっていたうえ、相が分のい物だとり、普段以に気れしていたのである。
そこで冠は、勝郎に無理に話をさせることをやめた。代わりに、程久保へ同した祖母のつやと向きい、これまで起きたことを最初から聞かせてほしいと頼んだ。
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つやは、田んぼで勝郎が世を語ったことから話し始めた。藤蔵の両親の名、疱瘡でくなったこと、い髭の老に導かれたこと、そして程久保のを迷わず訪ねたことまで、記憶をたどりながら語った。
冠は、つやの言葉を聞き逃さないようにき留めた。話の途で何度もを止め、勝郎の表や、族がどのように受け止めているかも静かに観察した。
つやが藤蔵の母親との再会について語ると、冠の脳裏には姫の姿が浮かんだ。もし娘がどこかにまれ変わっていたとしても、以の父親である自分のことを覚えているとは限らない。
それでも、姫の命が完全に消えてしまったのではないとえるだけで、冠のしみはわずかにらいだ。
野から戻った冠は、聞き取った内容を『武州摩郡野勝郎再話』としてまとめた。勝郎本から分な話を聞けなかったため、祖母が語った言葉を切にしながら記録したのである。
冠は完成した記録を、自分と交流のあった文たちに見せた。幼くしてくなった子供が別のにまれ、の族やの様子を正確に語ったという話は、読む者にきな驚きを与えた。
写された記録はからへ渡り、勝郎の名は摩の々だけでなく、戸の学者や文たちのにも広まった。
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まれ変わりを信じる者もいれば、何か仕掛けがあるのではないかと疑う者もいた。
だが、信じるか疑うかにかかわらず、くの者が勝郎の話をりたがった。誰かが作った昔話ではなく、今も野で暮らしているが自分ので語っている来事だったからである。
族は、静かだった暮らしが変わっていくのをじていた。のには勝郎を見ようとするが訪れ、父親は同じ説を何度も繰り返すようになった。
その方で、勝郎自は名になったを分には理解していなかった。程久保の族に会えたことで胸のつかえはらいでいたが、勢のから過を問い続けられることには、しずつ疲れを見せていた。
それでも噂は止まらなかった。
やがて勝郎親子は、野を治める領主から、戸へ来るよう命じられることになる。
18234、勝郎は父親の源蔵とともに野をた。目は戸にある領主、伝郎の敷だった。
源蔵は業である目籠の仕事のため戸へることがあったが、勝郎にとっては初めて見るものばかりだった。をれてをむにつれ、の数も建物の数も増えていった。
戸へ入ると、勝郎は父親の着物の袖をつかんだ。き交う々の声、荷の音、先から聞こえる呼び込みがなり、静かな野とはまるで違う世界にじられた。