"10年目のハザード" 第4話
しかし宮本には、それだけでは説できないものをじた。達夫はを必としていたというより、何かから逃れるように仕事を続けていたのではないか。
別のタクシー仲を訪ねると、さらに気になる証言がた。
「藤さん、消える1かくらいに、神戸まで距の客を乗せたことがあったらしいですわ。それから何や、しびくびくしとるじになって」
宮本の鉛が止まった。
「妙な客やったんですか」
「詳しいことはりません。ただ、神戸から帰ってきてから夜の無線を取るのを嫌がったり、ろを気にしたりするようになったんです」
達夫は、神戸まで客を運んだに変わった。
数が減り、周囲を警戒し、夜遅くまで仕事を続けるようになった。宮本はその3つを帳にき込み、い線で囲んだ。
事件当夜に乗せた最の客についても調べたが、個タクシーはすべての乗客の氏名やき先を記録しているわけではなかった。
残されていたのは、組との無線交信だけだった。
宮本は、組に保管されていた19991013夜の録音テープを取り寄せた。当、無線のやり取りはカセットテープへ録音されていた。
再のに座った宮本は、達夫の声が現れるまで何度も巻き戻しと送りを繰り返した。
やがて、雑音のから聞き覚えのある落ち着いた声が流れた。
広告
『こちら藤。今、客を乗せた。これでがる』
『解です。お疲れさまでした』
組職員の声が続き、通常ならそこで交信は終わるはずだった。
ところが宮本が音量をげてを澄ますと、そのにごくさな音が残っていた。達夫がマイクのスイッチを完全に切っていなかったのか、ざらついた雑音の向こうに内の気配が入り込んでいた。
くくぐもったの声。
エンジン音。
そして、何かを言い争っているような押し殺した声。
宮本は息を止め、再へ顔をづけた。しかし声はあまりにさく、雑音にかき消されて言葉までは聞き取れなかった。
数秒、テープは途切れるように無音になった。
達夫がスイッチを切ったのか。それとも、内にいた誰かがを伸ばしたのか。
宮本の背筋にたいものがった。
「この音のに、何かある」
専業者へ依頼し、音声を鮮にする作業も試みられた。しかし当の技術では、ざらついた雑音の奥から確な言葉を取りすことはできなかった。
聞こえてくるのは、砂をこするような音と、くでうごめく声だけだった。
神戸まで運んだという妙な客。
事件当夜の最の客。
無線に残された言い争うような音。
いくつものがかりが現れたものの、それらを結びつける証拠はなかった。捜査はいのへ入り込み、を失っていった。
広告
1999のが終わり、堺の町にもが訪れた。
がけ、2000になってもしい目撃報はなかった。捜査本部の員は次第に減らされ、やがて数の刑事が通常業務のに調査を続けるだけになった。
世の関もれていった。
当初は聞やテレビできく報じられたが、しい事件や事故の報に押し流され、藤の名はしずつ々の記憶から消えていった。
それでも宮本だけは、事件を放すことができなかった。
を見つけては団を訪れ、民から話を聞き直した。ファイルを最初から読み返し、無線テープを何度も再した。
「藤さん、あんたはいったい何を見てしもうたんや」
誰もいない夜の執務で、宮本は再に向かってつぶやいた。
その問いに答える声はなく、無線テープからは変わらない雑音だけが流れ続けていた。
事件からが過ぎるにつれ、藤の捜査資料は未解決事件の類とともに警察署の倉庫へ移された。
暗い棚に置かれた分いファイルの表には、几帳面な字で「藤失踪事件」と記されていた。
宮本も齢をねた。
たな事件が起きるたびに現へ呼びされ、藤だけにを使うことはできなくなった。それでも、のどこかにはいつも無の部の景が残っていた。
かりのともらない3階の窓。
め切った噌汁。
まな板に残されたネギ。
内側から閉ざされていた玄関。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
土俵下の12年
昭和47年、東京・両国の相撲部屋から、期待の若手力士・林岳司が突然姿を消した。 能登の小さな漁村から上京し、家族の期待を背負って土俵に立っていた21歳の青年。部屋には荷物も手紙も残されたままで、まるで少し外へ出ただけのように、彼の生活だけがそこに残っていた。 両親は息子がどこかで生きていると信じ、12年間待ち続けた。 しかし昭和59年、故郷の古い土俵を解体した時、土の下から思いがけないものが見つかる。 東京で消えたはずの岳司は、なぜ故郷の土俵の下にいたのか。 稽古場で何が起き、誰が12年間も真実を隠し続けたのか。 若き力士の失踪は、故郷の土の中から静かに動き出す――。ミステリー|行方不明2.2萬字5 4 -
完結第9話
50年目の沈黙の部屋
2021年、福井県の山あいにある閉鎖病院で、壁に塗り込められた小さな部屋が発見された。 窓もなく、扉もなく、外から完全に塞がれたその空間に残されていたのは、1人の男の骨と、古い観察記録だった。 記録の日付は、1973年。 そこに書かれていたのは、吉川明という30歳の患者の名前だった。だが不思議なことに、彼は病院の閉鎖後も、家族からも行政からも、誰からも探されていなかった。 なぜ彼は、誰にも知られず壁の中に残されたのか。 そして、最後の記録に残された「生命の兆候なし」という一文の後、病院では何が行われたのか。 50年近く沈黙していた廃病院の壁が、今、ひとりの男の消された人生を語り始める。ミステリー|行方不明1.4萬字5 6 -
完結第13話
消えた娘の38分
2023年、幼稚園から帰る途中だった少女・美緒が、父親の車に乗ったまま姿を消した。 山道で事故が起き、父は記憶を失ったと証言。警察は周辺を捜索したが、美緒の姿も、当日持っていたバッグも見つからなかった。 それから1年後。 母・雪が、かつて家族で暮らしていた古いマンションを訪れた時、突然スマートフォンに通知が届く。 それは、美緒のバッグに入れていた位置追跡チップからの信号だった。 示された場所は、誰も想像していなかった寝室の床下。 そこから見つかったバッグ、消えていた上着、空になった金庫。そして、父親の車が事故前に立ち寄っていた“38分間”の空白。 事故だと思われていた少女の失踪は、家族の秘密と金の流れに隠された、まったく別の事件へと変わっていく。ミステリー|行方不明1.9萬字5 97 -
完結第9話
中卒社員の逆転邸宅
中卒というだけで副社長に見下され、追い出し部屋へ異動させられた真司。 かつて父の会社を救うため進学を諦め、20年以上エンジニアとして働いてきた彼だったが、新しく就任した副社長は学歴だけで人を判断し、低学歴の社員たちを次々と窓際部署へ追いやっていく。 それでも真司は、妻の出産を控え、家族を守るために耐え続けていた。 やがて無事に子どもが生まれ、職場へ復帰した真司に、副社長はさらに残酷な言葉を投げつける。 「低学歴、低収入の子供がどんな顔してるのか見てみたいな」 その瞬間、真司は静かに微笑んだ。 「いいですよ。今週の土曜日、うちに来てください」 冷やかし半分で自宅へやって来た副社長たち。だが、案内された先で彼らが目にしたのは、想像もしなかった豪邸と、リビングで待っていた“ある人物”だった。 中卒と笑われ続けた男が、家族と仲間を守るために仕掛けた静かな反撃とは――。ミステリー|因果応報|人生逆転1.3萬字5 12 -
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 93 -
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 161