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"土俵下の12年" 第14話

裁判が始まった。

崎親方と吉田健は、法廷で罪を認めた。

検察は厳しい処罰を求めた。

「林岳司さんは、将来を期待されながら、21歳という若さで命を奪われました。その、被告らは真実を警察に伝えることなく、遺体を故郷の俵のへ隠し、12にわたり両親から真実を奪いました。この罪は極めていものです」

法廷には、くの傍聴が詰めかけていた。

相撲部で起きた事故。

隠蔽。

12待ち続けた両親。

その話は聞やテレビでもきく報じられた。

弁護側は、事故だったこと、2く反省していることを主張した。

しかし、裁判の表は厳しかった。

判決の

正雄と子は法廷の列に座っていた。子は黒いを着て、膝のでハンカチを握りしめていた。正雄は背筋を伸ばしていたが、さく震えていた。

裁判は静かに判決を読みげた。

崎親方には懲役3

吉田健には懲役5

法廷にさなどよめきが起きた。

親方と吉田は、林の両親に向かってげた。

「本当に申し訳ございませんでした」

「許してください」

吉田は泣いていた。

親方も畳ではなく法廷のに膝をつきそうなほど、げていた。

子は何も言わなかった。

ただ涙を流していた。

正雄は2をじっと見つめていた。

りがないわけではない。

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憎しみが消えたわけでもない。

けれど、どれほどっても、岳司は帰ってこない。

12というも戻らない。

正雄はい沈黙の、わずかに頷いた。

それは許しではなかった。

ただ、真実がらかになったという事実を受け入れるための、父としてのさなきだった。

59(1984)の

林岳司の葬儀がわれた。

12というを経て、ようやく故郷に帰ってきた息子を、両親は迎えた。

葬儀にはたちが集まった。

かつて駅で岳司を見送ったたちもいた。あの、「頑張れよ」と声をかけた老も、杖をついて参列した。岳司と同じ学に通った同級も、町から戻ってきた。

皆、あの真面目なを覚えていた。

きな体をし恥ずかしそうに丸めて笑っていたこと。

父の漁を伝っていたこと。

京で相撲取りになると言って、ていったのこと。

そして、帰ってこなかったのこと。

読経が静かに響く子は骨壺を抱きしめていた。

骨だけになった息子。

それでも、ようやく腕のに戻ってきた息子。

子は頬を骨壺に寄せ、震える声で囁いた。

「岳司、帰ってきたのね。、1で苦しかったでしょう。もう丈夫よ。お母さんがそばにいるからね」

正雄は遺を見つめていた。

写真のの岳司は、21歳のままだった。

若い顔。

まっすぐな目。

器用な笑顔。

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そのは、昭47(1972)316で止まっていた。

正雄は自分を責めた。

あの京にかせなければ。

漁師として自分のを継がせていれば。

相撲の世界など選ばせなければ。

岳司は今もきていたかもしれない。

しかし、いくら悔やんでも過は戻らない。

正雄は遺に向かってわせた。

「すまなかった」

その声は、誰にも聞こえないほどさかった。

葬儀の、岳司の墓は台に建てられた。

が見える所だった。

子どもの頃、岳司が父と緒にへ乗った

が昇ると、面がに輝く所。

岳司が番好きだった景だった。

った子は、静かにを供えた。

「ここなら、が見えるね」

正雄は黙って頷いた。

それから子は毎墓参りにくようになった。

を拭き、を替え、わせる。

「今はいい気よ。がきれいね。岳司にも見えるでしょう」

子はそう話しかけた。

正雄も漁へに墓へち寄った。

何も言わず、ただわせる。

そしてへ向かった。

に乗りながら、息子のことをった。

岳司も本当は、このに乗りたかったのではないか。

相撲取りではなく、漁師として、自分と緒にたかったのではないか。

そううと胸が苦しくなった。

それからさらにが流れた。

平成の代になり、昭い記憶になっていった。

正雄も子もを取った。

子は体がくなったが、それでもできる限り墓参りを欠かさなかった。歩くのがつらいは、所のに支えられながら台へ向かった。

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