"土俵下の12年" 第3話
岳司の体はね返され、俵に転がった。
「て!」
先輩の声がぶ。
岳司はを払い、またちがった。
ぶつかる。
ね返される。
転がる。
またつ。
顔に張りがんでくることもあった。避ける暇もなく頬に衝撃がり、目のが真っになる。それでも倒れたままではいられなかった。
先輩たちは容赦しなかった。
でも最も厳しかったのが、吉田健という先輩力士だった。
吉田は部のでも力がく、若い衆への指導を任されることがかった。数はないが、目つきが鋭く、ると誰も逆らえなかった。
「入りだからって加減はしないぞ」
初の稽古で、吉田は岳司のにった。
「ここは甘い世界じゃない。き残りたければ、必でやれ」
岳司は歯をいしばった。
「お願いします」
そのから、吉田の稽古は岳司にとって恐怖になった。
体が痛んだ。
膝はすぐに擦りむけ、肩は腫れ、顔には青あざができた。夜、布団に入っても痛みで眠れない。体をしかすだけで、関節が鳴をげた。
い布団ので、岳司は故郷のをいした。
朝焼けの港。
父と乗った漁。
母が作ってくれた温かい噌汁。
もう、あの常には戻れない。
そううと、胸が苦しくなった。
けれど、両親の期待を裏切るわけにはいかなかった。
岳司は目を閉じ、自分に言い聞かせた。
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頑張るんだ。
これが自分で選んだなんだ。
入から半が過ぎる頃、岳司の体はしずつ相撲に適応し始めていた。
最初はね返されるだけだったぶつかり稽古でも、しずつ先輩の胸を押し込めるようになった。股を踏む腰にも粘りがてきた。
親方も岳司の成を認めていた。
「林は筋がいい。このまま稽古を続ければ、来には初俵を踏めるだろう」
その言葉を聞いた、岳司は胸がくなった。
同に、い圧もじた。
期待に応えなければならない。
部の期待にも、親方の期待にも、故郷の両親の期待にも。
岳司はに1度、故郷へをいた。
「稽古は厳しいですが、しずつくなっています。親方にも褒められました。配しないでください」
本当は、もっときたいことがあった。
毎、先輩たちに鳴られていること。
稽古という名の暴力のような指導に耐えていること。
夜になると布団ので1泣いていること。
けれど、そんなことをけば、両親が配する。
それに、ここで音を吐いたら男ではない。
父の「逃げるな」という言葉が、いつも胸の奥にあった。
母からの返事には、いつも同じような優しい言葉が並んでいた。
「体を切にね。無理しないで。のみんなが岳司の活躍を楽しみにしているよ。父さんも毎、おの成功を祈っているからね」
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岳司はそのを読むたび、喉の奥が詰まった。
嬉しかった。
けれど、苦しかった。
期待されるほど、音は吐けなくなった。
昭43(1968)。
岳司に転が訪れた。
部の稽古で、岳司が堅の力士を俵のへ押ししたのだ。
周囲の力士たちがざわめいた。
相の力士も驚いた顔で岳司を見た。
親方が腕を組み、わずかに頷いた。
「いい当たりだった。その調子だ」
岳司は初めて、相撲の面さをじた。
自分の力で相を押す。
相の体が浮く。
俵のへる。
勝つという覚が、全をくした。
もしかしたら、自分にもできるかもしれない。
そうい始めた矢先、事件の種が静かに芽をした。
あるの稽古、吉田が岳司を俵に呼んだ。
「林」
岳司はすぐに俵へがった。
「はい」
吉田は岳司をにらんだ。
「お、最調子に乗ってないか」
岳司は驚いて首を振った。
「いいえ、そんなつもりはありません」
「し勝ったくらいで、いい気になるな」
「本当に、そんなつもりは……」
吉田は聞くを持たなかった。
「で言っても分からないようだな。体で教えてやる」
そのの稽古は、いつも以に激しかった。
吉田は岳司を何度も俵に叩きつけた。加減はなかった。張りが顔に当たり、岳司の界がく弾けた。投げばされ、膝から俵に落ちた。
その瞬、膝に鋭い痛みがった。
岳司はわず顔をしかめた。
しかし、ちがらなければならない。
「どうした。もう終わりか」
吉田の声がってきた。
岳司は歯をいしばり、ちがった。