"土俵下の12年" 第2話
京に来て、相撲の世界で勝負してみませんか」
子が息を呑んだ。
正雄は黙ったまま親方を見た。
「もちろん、最初から関取になれるわけではありません。厳しい稽古もあります。けれど真面目に続ければ、必ずをもらえるようになります。うまくいけば、部の板力士にもなれる」
両親にとって、それはのような話だった。
正雄は、息子が相撲取りになってをもらえるようになれば、この苦しい暮らしからしは抜けせるかもしれないとった。
子は、息子が京で成功すれば、の誇りになると像した。
2の線が岳司に向いた。
「岳司、どうだ。やってみるか」
正雄の声は静かだった。
岳司はすぐには答えられなかった。
相撲のことはよくらなかった。テレビで見たことはある。きな男たちが俵のでぶつかりう姿はっている。
けれど、自分がその世界に入るなど、考えたこともなかった。
岳司は畳の目を見つめた。
京。
相撲部。
稽古。
成功。
そのどれもが、今の自分にはい言葉のようにえた。
しかし、顔をげると、両親の目があった。
父の目には期待があった。
母の目にはと祈りがあった。
断れば、2を落胆させることになる。
岳司はゆっくりとをげた。
「はい。やってみます」
その言葉を聞いた瞬、子の目に涙が浮かんだ。
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「ありがとう、岳司。おならきっとやれるよ」
正雄は何も言わず、息子の肩にを置いた。
そのはきく、く、の匂いがした。
岳司はそのの震えに気づいたが、何も言わなかった。
昭42(1967)3。
岳司は故郷をれた。
駅にはのたちが見送りに来た。
「頑張れよ、岳司」
「テレビにたら、のみんなで応援するからな」
「京に負けるなよ」
岳司は何度もをげた。
「ありがとうございます。必ず派になって帰ってきます」
ホームの端で、子はハンカチを握りしめて泣いていた。
「体に気をつけてね。無理しないでね」
正雄はいつもの厳しい顔のまま、く言った。
「男なら、1度決めたことは最までやり通せ。逃げるな」
岳司はく頷いた。
「はい」
夜列がゆっくりときした。
窓の向こうで、両親がを振っていた。
岳司も何度もを振った。
やがてホームがざかり、両親の姿がさくなり、最にはのに消えた。
岳司は座席に戻り、窓に映る自分の顔を見た。
だった。
怖かった。
けれど、もう戻れなかった。
列は、彼を京へ運んでいった。
京に着いた岳司を、名部の世話が迎えに来た。
両国の町は、岳司が像していたよりずっときく、騒がしかった。駅にはがあふれ、がき交い、の板がいくつも並んでいた。としかない故郷とはまるで違う景だった。
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岳司は荷物を抱え、世話のろをついて歩いた。
「ここだ」
世話がを止めた。
名部は、古い造の建物だった。入りにはきな板がかかり、奥には俵のある稽古が見えた。からは力士たちの声が響いていた。
「はっけよい、残った!」
激しく体がぶつかる音。
が俵を踏みしめる音。
荒い息遣い。
岳司はその音を聞いた瞬、体がくなった。
の波音とは違う。
ここには、逃げのないと圧があった。
崎親方が奥からてきた。
「よく来た」
岳司は急いで荷物を置き、くをげた。
「よろしくお願いします」
親方は岳司を見ろし、く言った。
「今からおも、この部の員だ。厳しいぞ。泣き言は通じない。それでもやるか」
岳司は喉の奥に力を入れた。
「はい。頑張ります」
そのから、岳司のしい活が始まった。
朝は4起。
まだが暗いうちに布団から起きがり、すぐに掃除をする。俵を掃き、廊を拭き、トイレを磨き、先輩たちのの回りの用事を済ませる。
5になると稽古が始まる。
まずは股を踏む。
「腰を落とせ!」
「をもっとげろ!」
先輩の鳴り声がぶ。
岳司は何百回も股を踏んだ。太ももが震え、腰がくなり、息ががった。それでも止まれば鳴られる。
次はすり。
俵をく滑るようにむ。最初はの裏の皮がむけ、血がにじんだ。
それが終わると、ぶつかり稽古だった。
岳司は先輩力士の胸に何度もぶつかっていった。相はびくともしない。