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"50年目の沈黙の部屋" 第4話

1972の終わりごろから、記録の調子が変わった。

「患者自および周囲の全確保のため、する」

その文が現れた。

捜査員たちは、その「」が、窓のないあの部を指している能性に気づいた。

最初は数

次に半

やがて丸1

記録はしずつくなっていった。

「患者、興奮状態。叫ぶ」

事を拒否」

に座り、反応乏しい」

「再び攻撃性あり。扉を叩く」

そのような記録が数か続いた。

事は、おそらく扉のさな差し入れから押し込まれていたのだろう。だが、最にはその扉ごと塞がれてしまった。

そして19737

記録は急になくなった。

の3つの記録は、捜査員たちのを止めさせた。

1973710

「患者、反応を呈さず。に横たわる。2事を取っていない」

1973711

「状態変わらず。に横たわる。呼吸い」

そして最の記録。

1973712

そこには、わずか数語だけがかれていた。

「もはや命の兆候を示さず」

その、ページは空だった。

誰かが記録を紐で縛り、吉川の遺骨が横たわる部の隅に置いた。

そして入をレンガで塞ぎ、漆喰で塗り込めた。

そのから吉川は、記録のからも、々の記憶のからも消えた。

法医学な検査により、遺骨は30歳から35歳ほどの男性のものであることが確認された。

部組織は完全に分解しており、正確な因を特定することは困難だった。

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骨には目った骨折や、刃物による損傷などの確な傷は見つからなかった。

しかし、観察記録と現の状況から、最も能性がい説は衰と脱だった。

吉川は、閉ざされた部で、飢えと渇きによって命を落とした能性がかった。

捜査は、すぐにきな疑問に直面した。

誰がこれをったのか。

なぜったのか。

そして、約50、なぜ誰もこの患者を探さなかったのか。

福井県警は、古い記録を掘り起こし始めた。

医療記録、戸籍、入院台帳、当の職員名簿、病院閉鎖の移送記録。は黄ばみ、文字はれ、管理番号も古かった。1枚ずつ確認する作業は、途方もないを必とした。

やがて、吉川の個ファイルが見つかった。

そこには、彼が19714に入院したこと、当30歳だったこと、母親が元引受になっていたことが記されていた。

父親の欄は空だった。

母親の名だけが残されていた。

警察はその母親について調べた。

そして、彼女が1974くなっていたことをった。

吉川が病院内でしたと推定される1973の、わずか1だった。

彼女には、の子どもも、い親族もいなかった。

彼を探す能性があった最物は、母親だった。

だが、その母親は本当に息子を探していたのだろうか。

病院から何か説を受けていたのか。

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「息子さんはの病院へ転院しました」と告げられたのか。

あるいは、「病状がく、面会できない」と言われていたのか。

それとも彼女自も病気や活の事で、息子を追い続ける力を失っていたのか。

答えはどこにも残っていなかった。

吉川は、ほとんど完全な孤独のにいた。

母親がくなった、世界には彼を気にかけるが誰もいなくなった。

だからこそ、彼の失踪は気づかれなかった。

な記録、彼は精神科病院の患者としてしていた。だが、1980に病院が閉鎖された、彼のファイルは量の類ので紛れた。

誰も、すでに7から記録が止まっている患者の方を確認しようとしなかった。

の患者がどこへ移されたか、退院したか、くなったかという事務な処理ので、吉川の名は見落とされた。

彼は古い具のように、理され、忘れられ、処分された。

捜査官たちは、自分たちが扱っているものが単なる事故ではないことを理解していた。

これは、に至る危険への遺棄かもしれない。

あるいは、に命を奪った犯罪かもしれない。

しかし、事件はあまりにも古かった。

効の問題があった。

関係者のくはすでにくなっている能性がかった。

それでも、誰かが命じ、誰かがレンガを積み、誰かが黙っていた。

その事実だけは消えなかった。

警察は1973に病院で働いていた職員を探すことにした。

まず必だったのは、当の管理者と、観察記録をいた能性のある医師または護師を特定することだった。

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