"月あかりの逆転食卓" 第9話
奈々は言葉に詰まった。
秀夫はテーブルに両をつき、うつむいた。
「母さんは、正体を言う必なんかなかった。ただ料理を作ってくれただけだ。それを俺たちが笑ったんだ」
その言葉に、奈々は唇を噛んだ。
けれど、謝罪はもう届かなかった。
その頃、私はしい暮らしので、しずつ自分を取り戻していた。
あかりクックには、以よりもくの依頼が届くようになった。
「レシピ本をしませんか?」
版社から連絡が来た。
「料理教をお願いしたいです」
元のコミュニティセンターからも声がかかった。
「ドラマの卓シーンのフード監修をお願いできませんか」
いがけない依頼までい込んだ。
私は驚いた。
「こんなに必としてくれるがいるなんて」
正治が照れたように笑った。
「おの料理は昔からうまい。族が評価しなかっただけだ。本当の価値は、ちゃんとにあったんだよ」
胸の奥が温かく広がった。
自分の料理が誰かの役につ。
自分のが、やっと自分のものになった。
あのかられた瞬、止まっていたがきしたようだった。
それでも、のことだけは胸に残っていた。
ある、郵便受けにさな封筒が入っていた。
差は、田。
幼い字で、懸命いた跡があった。
部でゆっくりくと、折りをいたような便箋がふわりと広がった。
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「バーバへ。バーバのご飯、作ってみたよ。今度べてほしいな」
と緒に、ちらし寿司を作って笑っているの写真が同封されていた。
その瞬、私の目から自然と涙がこぼれた。
は関係を壊していない。
だけは、何も奪っていない。
正治が横から肩にを置いた。
「は分かってるさ。誰が本当に優しいのか」
私は便箋を胸に当て、静かに目を閉じた。
「この子の未来だけは、そっと見守っていくわ」
助けることはしない。
でも、を消すこともしない。
距を置きながら、ただ祈るように見守る。
それが、今の私にできる精杯だった。
引っ越しから1かが過ぎた頃、私のしい活は、肩の力が抜けた本当の穏やかさに満ちていた。
朝のが差し込むキッチンで、正治がコーヒーを淹れる。窓をければ、都会のざわめきの向こうに鳥の声がする。
以の私は、朝起きた瞬から誰かの予定を考えていた。
秀夫への援助。
奈々への気遣い。
真理子との距。
に何をしてあげられるか。
その全部が悪かったわけではない。
けれど私は、自分のを置きりにしすぎていた。
「梨子、そろそろくか」
正治が旅バッグを持ちながら言った。
「ええ。に買ったお産も入れたし」
そのから、私たちは陸への3泊4の温泉旅にかける予定だった。
気を使う相はいない。
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誰かの嫌を取る必もない。
責任を背負い込む必もない。
ただ夫婦としてのだけが、そこにあった。
旅館の呂で、空の、湯に包まれて肩を寄せった。
「お、最よく笑うな」
正治がぽつりと呟いた。
「そう見える?」
「見えるさ。たい荷物をろしたの顔だ」
私はこぼれる笑みを隠せなかった。
「そうね。も元気でいてくれれば、それでいい」
温泉の湯が、背負っていた母の役割をしずつほどいていくようだった。
旅から戻ると、あかりクックへの依頼はさらに増えていた。
レシピ本の企画。
料理教の案内。
器メーカーとのコラボ相談。
かつて奈々に「恥ずかしい」と言われ、更を止めていた所が、今では私の未来を広げてくれていた。
私はキッチンにちながら、蔵庫に貼ったの写真を見た。
ちらし寿司をに、がし格好な笑顔を浮かべている。
たぶん、卵はし太く、具材の並べ方も揃いだった。
けれど、それはとても温かい料理だった。
私はそっと写真に触れた。
「にできたわね、」
あの、私の料理は「気持ち悪い」と言われた。
その言葉で、私は1度終わった。
でも、そこから私のは始まった。
自分を軽く扱うのために、無理をして笑う必はない。
を踏みにじるに、いつまでも与え続ける必はない。
族だからといって、何をされても耐えなければならないわけではない。
私はもう振り返らない。
もう戻らない。
今もしい幸せが、ゆっくり見えていく。
い皿のに、野菜のさなかき揚げを置いた。
窓から差す柔らかなが、その縁をやさしく照らしている。
私はスマートフォンを構え、1枚写真を撮った。
投稿文を考える。
「今の卓が、誰かのをしだけ温めますように」
指先が投稿ボタンに触れる。
すぐに通が鳴り始めた。
けれど私は、画面ばかりを見てはいなかった。
隣では正治が聞を読みながら、私の作った噌汁をゆっくりんでいる。
「うまいな」
何気ない言だった。
それだけで、胸の奥が静かに満たされた。
私の料理は、誰かを見返すためのものではない。
誰かに認めさせるためのものでもない。
切にべてくれるのために、そして自分自のを温めるためにある。
私は台所にち、静かに微笑んだ。
あのたい卓かられたことで、私はようやく、自分の居所を取り戻したのだった。
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