"20年目の神隠し夫婦" 第7話
ただ1、妹が最に滞したあの辺を歩き、静かに波に向かってをわせるだけだった。
あの民宿はすでに解体され、まったく別のしい建物がっていた。
ない噂に傷ついていた老夫婦は、2にひっそりとこの世をっていた。
俊介の両親は京のを引き払い、静かな方の町へ移りんだ。父親の麻痺が悪化し、都会での慌ただしい活が困難になったためだった。
母親は毎朝、仏壇の横に飾られた息子の写真のに、膳を供えるようになった。
帰らぬの無事を祈り、温かいご飯と噌汁を置く。
所の々はその痛ましい姿に気づいていたが、誰もかける言葉を見つけられなかった。
2009、あるテレビ局がこの事件の特番ドキュメンタリーを放送した。
取材班は当の捜査資料を洗い直し、関係者に再びカメラを向けた。だが、たな真実は何1つてこなかった。
皮肉なことに、が経てば経つほど、々の証言は曖昧になっていくばかりだった。
番組内で、犯罪理学者は突発な事故の能性がいと分析した。しかし彼は、い調でこう付け加えた。
「どうしても腑に落ちないのは、2の痕跡が見つからないことです。に落ちたのなら、何かしら流れ着く能性がある。で遭難したのなら、所持品が残る。それらが切ないというのは、極めて自然です」
広告
翌の2010、しおりの母親は再び記者会見をいた。
涙ながらに、彼女は訴えた。
「きているのか、もうこの世にはいないのか。それだけでもいいから、どうか教えてください」
しかし、世からの反応はほとんどなかった。
そのの暮れ、しおりの友の1が、失踪の1週にしおりから言われた言葉をいした。
「ねえ、もし私が突然いなくなったら、どうする?」
当はただの冗談だとって笑いばした。
だが今となっては、ひどくに聞こえた。
それもまた、確認する術のない、虚しい記憶の断片に過ぎなかった。
2011、全国の方者族が集まる会で、しおりの母親と結は再会した。2は互いのを固く握りしめ、決して諦めないと誓いった。
だが、歳はあまりにも無だった。
々の記憶はれ、わずかに残っていた証拠も1つ、また1つと化していく。
事件の輪郭は、完全にへ溶け込もうとしていた。
2012の。
どこにでもあるような平凡な曜の午だった。
循環器の護師として働く結は、昼休みになると、いつものように職員用の休憩へ向かった。温かいお茶を机に置き、何気なくノートパソコンをく。しだけ気を紛らわせるつもりで、古品の取引サイトを眺め始めた。
それが、い止まっていた事件の計の針を激しくかすことになるとは、結自もらなかった。
広告
画面をスクロールしていたマウスのきが、ぴたりと止まった。
結の線が、モニターの点に釘付けになった。
臓が嫌な音をてて、鐘を打ち始める。
画面に映しされていたのは、1つの古の鞄だった。
全体にあせた茶い革。
その形状、きさ、持ちのカーブ。
結の脳裏に、10の記憶が鮮烈に蘇った。
結婚式の、吉祥寺のさな鞄で、妹と2ではしゃぎながら選んだあの旅鞄だった。
「まさか……」
結は震えるでマウスを操作し、画像を限界まで拡した。
擦り切れた裏の模様。
内側にあるさなポケットの絶妙な位置。
持ちの付け根に残る、しいびつな縫い目の跡。
記憶と寸分違わず致していた。
さらに結の目を釘付けにしたのは、鞄の内側を写した1枚の画像だった。
布の隅に、さな文字のようなものがうっすら滲んでいる。画質が荒く、はっきりと読むことはできない。だが、その丸みを帯びた独特の文字の癖は、違いなくしおりの跡だった。
結はためらうことなく、品者にメッセージを送った。
翌、都内の静かな喫茶。
結の目のには、サイトの品者である20代半の学院の男性が座っていた。テーブルの央には、あの茶い鞄が置かれている。
「確認してもいいですか」
結はかすれた声で尋ね、両でそっと鞄を引き寄せた。
10という歳を吸い込んだ革は、乾燥し、くなっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 15 -
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 48 -
完結第13話
嘘葬りの豆腐店
1991年、茨城の古い商店街で、豆腐屋の嫁・美香が突然姿を消した。 姑と夫が語ったのは、「男を作って夜逃げした」という話。幼い息子を置いて消えた母親として、美香の名は商店街で長く汚され続けた。 しかし6年後、借金による強制執行で高橋豆腐店が取り壊されることになる。誰も近づこうとしなかった裏手のボイラー室。そのコンクリートを掘り返した時、そこから現れたのは、色褪せたスカーフと小さな金の指輪だった。 男と逃げたはずの嫁は、なぜ自宅の床下にいたのか。 そして家族は、6年間何を隠し続けていたのか。 雨の夜に消えた母の名誉を取り戻すため、古い商店街の沈黙が少しずつ崩れ始める。ミステリー|行方不明1.9萬字5 26 -
完結第11話
8年目の生マイク
8年前、宇都宮で1人の女性が明け方に姿を消した。 本田さゆり、54歳。夫は地元テレビ局で長年ニュースを担当してきた有名キャスター・本田正弘だった。彼はカメラの前で涙を浮かべ、「妻の帰りを待ち続けている」と語り、世間から“悲劇の夫”として同情を集めていた。 しかし、未解決事件を扱う生放送番組の休憩中、正弘の胸元についたピンマイクが切り忘れられていた。 誰もいない廊下で、彼が小さくつぶやいた一言。 「さゆり、お前があの時、口さえ閉じていれば……」 その音声を聞いてしまった若手ディレクターの通報により、8年間止まっていた事件が再び動き出す。 明け方の電話、隣家が聞いた重い音、失踪直前に消えた1000万円。そして、夫が隠し続けた古い土地。 完璧な悲劇を演じてきた男の仮面は、たった1つの切り忘れたマイクによって、静かに崩れ始める。ミステリー|行方不明1.7萬字5 70 -
完結第9話
317号室の隠し壁
1996年9月15日、熱海のホテル・スカーレットローズから、3人の客室乗務員が忽然と姿を消した。 チェックイン後、彼女たちは3階へ向かうエレベーターに乗った。防犯カメラには、笑い合う3人の姿が残っていた。だが、その直後、3階の廊下カメラだけが不自然に停止する。 翌朝、部屋のベッドは整えられたまま。スーツケースも制服も手つかずで、彼女たちが部屋に入った形跡すらなかった。 それから28年後。 解体予定のホテルで、作業員が317号室の壁を壊した時、存在しないはずの“隠し空間”が見つかる。そこに並べられていたのは、3足の靴、3つのバッグ、そして消えた客室乗務員たちの社員証だった。 なぜ所持品だけが壁の奥に封じられていたのか。 彼女たちは、あの夜どこへ消えたのか。 そして、28年間沈黙していたホテルの壁は、まだ語っていない何かを隠していた――。ミステリー|行方不明1.4萬字5 55