"嘘葬りの豆腐店" 第1話
199111、茨県の古い商に、たいがり続いていた。
細いに並ぶの軒先からはが筋になって落ち、夜になると商は気に寂れたを帯びた。豆腐、乾物、物、総菜。昼はの声がき交う通りも、その夜だけは音にみ込まれていた。
その商の角に、豆腐というさな豆腐があった。
朝は夜けから豆を煮る匂いがちこめ、湯気がく先へ流れていく。夕方になっても作業ではの音が絶えず、豆腐を切る包丁の音が規則正しく響いていた。
そこで働いていたのが、美だった。
美は32歳。嫁としてに入り、夫の徹也、姑の静、そして幼い息子の優と暮らしていた。
彼女は朝くから豆腐作りを伝い、赤ん坊だった優を背負ったまま配達にもった。のも、のも、商をりで回り、先に豆腐や油揚げを届けていた。
「美ちゃん、またそんなに働いて。しは休みなさいよ」
隣の乾物の女将、鈴恵子が声をかけると、美は汗を拭きながらさく笑った。
「優の学費を貯めたいんです。あの子には、ちゃんと学にってほしくて」
その笑顔には疲れが滲んでいた。けれど、息子の話をするだけ、美の目には確かなが宿った。
そんな美が、あるの夜を境に姿を消した。
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翌朝、商に広まったのは、あまりにも残酷な噂だった。
「の嫁さん、男を作って夜逃げしたらしい」
最初にそう言い始めたのは、姑の静だった。
静は68歳。40以、豆腐を守ってきた女主だった。気性が激しく、商でも目置かれるだった。が達者で、気に入らない相には容赦がない。のでも、彼女の言葉に逆らえる者はほとんどいなかった。
美が消えた翌、静は稲荷寿司を作り、商のを1軒ずつ回った。
「うちの嫁が男を作って逃げましてね。血のつながった子どもまで捨てて、本当に恥ずかしい話です」
静はそう言いながら、涙を拭う仕を見せた。
商の々は驚いた。働き者で、幼い息子を誰より切にしていた美が、本当に男と逃げたのか。信じられないとう者もいた。
けれど、静の勢いはかった。
「徹也の友が見たんですよ。駅で見らぬ男と緒にに乗るところを。あの子は最初からそういう女だったんです」
夫の徹也も、同じ話をした。
徹也は38歳。の男でありながら、豆腐の仕事にはが入らず、夜になると賭け事や酒に流れることがかった。美が消えたも、しむ様子はほとんど見せなかった。
「妻が男と逃げたんです。子どもまで置いて。探しても無駄でしょう」
そう警察に話した。
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当は携帯話もなく、防犯カメラも町に設置されていなかった。警察は族の証言をし、徹也の友が語った「駅で男と緒にいた」という話をく疑わなかった。
美の失踪は、単なるとして処理された。
「男を作って逃げた嫁」
その汚名だけが、商に残った。
幼い優は母を失い、父と祖母のもとで育つことになった。美がどれほど息子を切にしていたかをっている所のたちは、胸の奥にさな違を抱えた。
それでも、誰もをかなかった。
に関われば、静にどんな目に遭わされるか分からない。そんな空気が商全体を押し黙らせていた。
そして6が過ぎた。
美は帰ってこなかった。
ただ1の息子を置いて、男と逃げた女として語られ続けた。
けれど199711、彼女はようやく戻ってきた。
豆腐の裏にある、最もたく暗いボイラーのコンクリートのから。
199711、茨の古い商には、骨にしみるようなたいが吹いていた。
ラジオからは、型融関の破綻を伝えるニュースが連流れていた。先につ商主たちの顔には、暗いが落ちていた。
「国が傾くってのに、これから俺たちはどうやってっていけばいいんだ」
先で野菜を並べていた男が、いため息をついた。
そのい空気を切り裂くように、豆腐のへ2台の黒いワゴンが急した。
タイヤが濡れた面をきしませる。のドアが乱暴にき、体格のいい男たちが5、6、次々にりてきた。