"追放嫁と姑の鍵" 第2話
お盆のにお粥とをのせ、芳さんの部へ運びます。芳さんはベッドの端に腰かけていました。片を引きずりながら体を起こす姿は、いつ見てもつらそうに見えました。
「お義母さん、朝ごはんです」
私がお粥を差しすと、芳さんは器を受け取り、べてからぽつりと言いました。
「お粥がしいね」
「はい。はもうし柔らかく作りますね」
芳さんはそれ以何も言いません。
私もそれ以は聞きませんでした。
8、繰り返されてきた朝でした。私が薬袋をけ、のひらに薬を乗せて差しす。芳さんがと緒にみ込む。空の器を片付ける。そこまでが連の流れでした。
玄関から子どもたちの声が聞こえました。
が靴を履きながら叫びます。
「ママ、ってきます!」
優太は玄関で私の腰にぎゅっと抱きついてきました。私は笑いながら、優太の背をぽんぽんと叩きました。
「優太、遅れるわよ。さあ、きなさい」
優太は名残惜しそうにをし、それから駆けしていきました。
私は玄関のドアが閉まるまでって見送りました。
子どもたちが私を「ママ」と呼び始めたのは、再婚して3目くらいのことでした。
最初は「おばさん」でした。
そのうちが先に「美咲ママ」と呼び方を変え、ある、優太がただ「ママ」と呼んだのです。
私はその、皿洗いの途でスポンジを落としてしまいました。
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それほどい言葉だとはってもみませんでした。
けれどそのから、私は本当のでこのに根を張ろうとしたのだといます。
ただ、その根はいつものに植えられていました。
8の再婚初のことを、私は今でもはっきり覚えています。
旧育ちの芳さんは、ののにち、私をからまでじろじろと眺めました。歓迎の言葉はありませんでした。代わりに、最初にこう言ったのです。
「うちの孫たちに何かあったら、そののうちに追いすからね」
それが、姑が嫁にかけた最初の言葉でした。
私はくをげました。
ろで健がさく言いました。
「母さん、そんなこと言うなよ」
けれど芳さんは振り向きもしませんでした。
私の実の母は、話の向こうで何度もため息をつきました。
「体の悪いお姑さんに、の子どもだなんて、苦労するのが目に見えてる。お願いだから考え直しておくれ」
私は分かっていました。
それでもきました。
健をしていましたし、玄関で泣いていたの瞳から目をそらすことができなかったのです。
妻のリナがをていったのは、芳さんが脳卒で倒れた直のことでした。幼い子ども2と病気の姑の世話を抱え込み、耐えきれずにをびしたのです。
親権を放棄して京へ京し、それきり連絡を絶ちました。
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赤ん坊だった優太はに座り込み、は玄関で母親を呼び続けました。
誰も帰ってきませんでした。
私は、まさにその所にやってきたでした。
リナが逃げした所に、私がったのです。
回から戻ると、私の1はまだ続きました。
洗濯物を干し、芳さんの昼を用し、スーパーで買い物をし、子どもたちのにわせておやつを準備する。
どれもした仕事ではありません。
しかし、そのしたことのない仕事が、1も欠かさず8積みなっていました。
午の遅いでした。
私がおやつを乗せた盆を持ち、芳さんの部へ向かって廊を歩いていると、部のから声が漏れてきました。
話のようでした。
私はを止めました。
声が、はっきりしていたのです。
脳卒の遺症で、いつも発音がし瞭だった芳さんの話し方ではありません。言葉の輪郭が瞭で、声にも張りがありました。
私は廊にったまま、息を殺しました。
しかし次の瞬、部のは静かになりました。
私は迷った末にドアをけました。
芳さんはすでに、を引きずりながらベッドの端に腰かけていました。話は見えません。布団のに隠したようにも見えました。
私はおやつの盆を差ししながら尋ねました。
「お義母さん、どなたかとお話でしたか?」
芳さんは私を見げ、いつものぼんやりした表で答えました。