"食卓追放の1億3000万" 第1話
「お母さんは、ここでは事しないでくれる?」
息子の匠からたその言に、私は箸を落としそうになりました。
目ののテーブルには、湯気のつビーフシチューがありました。朝からをかけて煮込んだ、私の得料理です。鮮な野菜をたっぷり使ったサラダも、息子が幼い頃から好きだったグラタンも、族みんなでべるために用したものでした。
週末の夜。
息子のまいに、久しぶりに全員が集まった夕の席でした。私は朝から気込んで、皆の好物を考えながら買い物をし、ごしらえをし、丁寧に料理を並べていました。
それなのに、匠は私の顔を見ようともしませんでした。
「え?」
私はわず聞き返しました。
きっと聞き違いだとったのです。
けれど、匠はテーブルの端に線を落としたまま、もう度言いました。
「だから、お母さんは別の部でべてくれないかな。箸を使う音とか、ちょっと気になるからさ」
その瞬、テーブルのの空気が凍りつきました。
隣では嫁の真美さんがを向いていました。けれど、困っているようには見えませんでした。むしろ、私がどう反応するかを確かめているような気配がありました。
夫の正司は、聞を広げていました。
しかし文字を読んでいるわけではないことは、連れ添った私には分かりました。
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彼はただ、見ないふりをしているだけでした。
孫の美緒は、まだ状況がよく分からない様子で、スプーンを握ったまま私たちを見比べていました。
私は30、都内の流ホテルでフレンチのシェフとして働いてきました。料理として輩を指導し、厨のにも、にも、盛り付けにも誇りを持ってきました。
その私が、族のために作った料理をにして、族の卓から追いされようとしている。
信じられませんでした。
けれど、誰も訂正しませんでした。
誰も「そんなことを言うな」と言いませんでした。
私はゆっくり息を吸い、震えるで自分の皿を持ちげました。シチューをしだけ別皿に移し、グラタンもさく取り分けました。皿のの料理はまだ温かいはずなのに、急にあせて見えました。
「分かったわ」
声は、ったよりも静かにました。
子を引く音だけが、やけにきく響きました。
私は皿を持って、客へ向かいました。背のろで、真美さんがさく息を吐いた気がしました。堵だったのか、満だったのかは分かりません。
客の引き戸を閉めると、卓の笑い声がくなりました。
私はめていく料理をに、ひとりで座りました。
胸の奥で、何かがゆっくり崩れていきました。
私、佐々子は67歳。
族のためにきてきたはずの私は、その夜、族の団欒からされたのです。
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客でひとり皿を見つめながら、私はこれまでのをい返していました。
私は30、都内の流ホテルでフレンチのシェフとして勤めてきました。若い頃は、朝から晩まで厨にち続けました。い鍋を持ち、何分もの仕込みをこなし、先輩の厳しい叱責に耐えながら、ひとつひとつ技術をにつけてきました。
料理になってからは、くの輩を指導しました。
包丁の持ち方、加減、ソースの濃度、材の扱い方。厨では瞬の油断がにも全にも関わります。だから私は、にも段取りにも誰より厳しかった。
その方で、息子の匠がまれてからは、仕事と子育ての両に必でした。
朝に起きてお弁当を作り、保育園の準備をし、仕事へ向かう。夜遅く帰宅しても、匠の寝顔を見ると疲れがしらぎました。休には、匠の好きなグラタンやハンバーグを作りました。
「母さんのグラタン、世界うまい」
幼い匠がそう言ってくれるたびに、私は胸がいっぱいになったものです。
教育費も惜しみませんでした。
私学から学まで、総額1000万円以。必だとえば、迷わずしました。匠が将来困らないように。自分のを選べるように。
匠が結婚し、マンションを買うことになったも、私は退職から600万円を援助しました。
その、匠は私のを握って言いました。
「お母さんのおかげで、今の僕があるよ。