"赤い口紅と信託離婚" 第1話
1222。
それは俺の定退職のであり、同に妻、のり子の誕でもあった。
朝、のり子は鏡のにち、いつもより丁寧に化粧をしていた。洗面台には、普段使わない鮮やかな赤いが置かれていた。のり子はそれをに取り、唇の形を確かめるようにゆっくり引いた。
俺は卓で噌汁の椀を持ちながら、その横顔を見ていた。
「今はしくまでくの。学代のゼミの仲とランチ会があるから」
のり子はそう言った。
声はるかった。だが、そのるさは俺に向けられたものではなかった。
夜7の卓に、のり子は現れない予定だった。
昼、彼女は学代の恋、岡崎拓也の腕のにいるのだから。
のり子はらなかった。
俺がこの半、スマホの通、共通座の審な、同窓会のの装、の変化、そのすべてを記録していたことを。
そして、退職2700万円の振込先を、のり子が切触れられない所へ移していたことを。
午10、のり子はをた。いネイビーのワンピースを着て、赤いを引き、髪を丁寧にえていた。
「夜7におで会いましょう」
玄関で振り返ったのり子は、軽くを振った。
俺は普段通りに答えた。
「気をつけて」
ドアが閉まる音がした。
のり子の音がのへざかっていく。40聞き続けた音だった。
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だがそのは、俺に向かう音ではなかった。
午2。
引っ越し業者がに入った。
所斎の本棚、経理関連の本、個の類、父から譲られた腕計、結婚のアルバム。俺個の荷物だけが、静かに運びされていった。
夕方6。
のり子が帰宅する頃、の空気はすでに変わっている。
ダイニングテーブルには、3つのものを置いた。
きの。
信託公正証の写し。
婚調申の写し。
の冒には、1だけいた。
「のり子。半、打ちけてくれるのを待った」
翌朝、のり子は青信託の窓につことになる。
だが退職2700万円は、族信託の受益者として俺1に指定されていた。
のり子は1円も引きせない。
俺は鳴らなかった。
責めもしなかった。
ただ半分の記録と、静かな準備と、かしようのない事実だけを置いてをた。
これは、40連れ添った妻に「鈍い」と軽く見られてきた男が、定退職のに静かにした決断の記録である。
定退職まで、あと3かだった。
9の朝、俺はいつもと同じ刻に目を覚まし、いつもと同じ順序で支度をえた。40勤めた雫商事の経理部に向かう朝だった。
卓の向こう側で、のり子が噌汁を椀によそっていた。
「今はお昼、何にしようかしらね」
「そうだな。任せるよ」
のり子は笑って子に腰をろした。
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その指が、卓の端に置かれたスマホを瞬だけ撫でた。
画面をではなく、に向けて置き直すきだった。
以は違った。
のり子はスマホを画面をにして置いていた。話が鳴ればそので応答し、LINEの通がれば箸を止めて返信していた。
その習慣が数かからしずつ変わり、2週から完全に伏せ置きになった。
俺は噌汁をに運びながら、界の端でスマホを見ていた。
事の半ば、のり子のスマホが瞬だけった。画面を伏せていても、縁からこぼれたがテーブルの目に反射した。
通の文字列が、反射のにごくく浮かんだ。
「T君から着メッセージ」
Tの1文字が、俺の界に焼きついた。
のり子は気づかない。
俺も気づかないふりをした。
ここで問い詰めても、のり子は「見違いよ」と返すだけだろう。40経理をやってきた俺は、違を覚えた瞬にいても何も掴めないことをっていた。
数字がわない、額だけを凝しても原因は見えない。
の伝票、取引先の元帳、締めの振替。周辺の事実を積みげて初めて、ずれの正体が浮かびがる。
夫婦の違も同じだった。
朝を終え、玄関で靴を履きながら俺は声をかけた。
「今はしく帰るから」
「わかった。夕は緒ね」
返事までに、ほんのいがあった。
0.5秒ほどだろうか。
今までなら即座に返ってきた言葉だった。
通勤の窓際にち、俺はスマホのメモアプリをいた。
規メモ。
「912の朝の観察」