"孫が暴いた毒の食卓" 第1話
「ジイジのと同じだ」
その言葉を聞いた瞬、私は息を止めた。
リビングでは、夕方の再放送で流れていた2ドラマが映っていた。ソファの隣には、5歳の孫、陽太が座っている。さなでクッションを抱えながら、画面をじっと見ていた。
私は体調が優れず、背にクッションを当てて横になるように座っていた。はく、喉は乾き、体の奥に鈍いだるさが残っている。それでも陽太が幼稚園から帰ってきて、今あったことを話してくれるだけは、私にとって何よりの救いだった。
画面のでは、ドラマの犯が次々と犯に及んでいた。
台所でい錠剤を取りし、それを細かく砕く。末状になった薬を事に混ぜ、何もらない相にべさせようとする面だった。
私は何気なく見ていた。
だが、陽太が突然、テレビを指さした。
「ジイジのと同じだ」
最初、私はが分からなかった。
「ジイジと同じって、何が?」
私が体をし起こして尋ねると、陽太は画面を見たまま、ためらいもなく答えた。
「これだよ。ジイジも同じことやってたんだ」
幼い声は、あまりにもまっすぐだった。
私は陽太の指先を追い、テレビの画面を見た。そこには、犯が眠薬を砕いて事に混ぜる様子が映されている。
胸の奥がたくなった。
「それ、本当なの?」
声がし震えた。
広告
陽太は私の顔を見げ、議そうにうなずいた。
「本当だよ。昨も台所でいっぱい潰してた」
私は言葉を失った。
夫の国彦が、薬を砕いていた。
もしそれが本当なら、私のの体調良は偶然ではないかもしれない。めまい、痛、吐き気、異常な眠気、倒れるほどのだるさ。病院にっても原因が分からなかった症状のすべてが、1つの線でつながっていくような気がした。
けれど、すぐに信じることはできなかった。
国彦がそんなことをするはずがない。
そういたかった。
しかし、私のには、すでに別の声もまれていた。
もし本当なら。
夫は、私の命を狙っていたことになる。
私は震えるでテーブルのに置かれていたサプリメントの瓶を見た。それから蔵庫のに残っている、国彦が作ってくれた筑煮をいした。
その瞬、私は決めた。
このままにいてはいけない。
私はちがり、ふらつくをこらえながら陽太のを取った。
「陽太、しかけよう」
「どこにくの?」
陽太はそうに私を見げた。
私はできるだけ穏やかな声を作った。
「おばあちゃんの昔の職よ」
私はサプリメントの瓶と筑煮の入った容器を袋に入れ、最限の荷物だけを持った。そして陽太のをく握り、黙ってをた。
向かった先は、かつて私が勤めていた民の科学捜査研究所だった。
広告
現の所は、私の輩である。退職も交流を続けており、信頼できる物だった。
私は複雑ないを抱えたまま、陽太のさなを握りしめ、研究所の扉をくぐった。
どんな結果がても、受け止める。
そう自分に言い聞かせながら。
私の名は礼子。58歳。
夫の国彦は62歳。現は個で産業を営んでいる。
若い頃、私は民の科学捜査研究所に勤めていた。薬物や成分の鑑定、現資料の分析、微細な証拠の確認。派な仕事ではなかったが、真実を見極めるために必な仕事だった。
けれど、国彦との結婚をに退職した。
それからは専業主婦として、夫を支えてきた。
国彦は結婚当初、産会社の営業として働いていた。当たりが良く、面倒見も良かったため、顧客からの信頼もかった。30歳をに独し、個で産業を始めてからも、域のボランティア活に積極に参加し、所でも評判の良いだった。
周囲からは、私たちはおしどり夫婦だと言われていた。
私自も、そう信じていた。
そんな私たちのには、息子の唯がいた。
唯のことをいすと、今でも胸が痛む。
唯はるく、勉も運もできる、自の息子だった。国彦の背を見て育ち、いずれは父の会社を継ぎたいと言って、学では経済学を学んだ。
卒業と同に、代の同級だった優と結婚した。
優はらしく、優しく、唯にはもったいないほどの女性だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
娘の遺した手紙
娘の葬儀を終えたその夜、43歳の佐藤陽子は夫から家を追い出された。 「もうお前を置いておく理由はない」 20年間支えてきた夫から浴びせられた冷たい言葉。さらに夫は、亡くなったばかりの娘の保険金を手に入れようとしていた。 しかし、夫が知らなかったのは、陽子が何も持たない専業主婦ではなかったこと。 祖父から受け継いだ700億円規模の資産、そして夫の裏切りを暴くために動き始めた秘密の調査。 やがて明らかになる、娘の死に隠された真実。 最後まで母を思い続けた娘が残した一通の手紙が、止まっていた家族の時間を動かし始める――。夫婦|親子関係1.8萬字5 303 -
完結第10話
捨てられた妻の逆転相続
十年間、義母の介護を一人で背負い続けた妻・恵子。 しかし、四十九日の法要が終わった直後、夫から告げられたのは「もう君の役目は終わった」という冷たい離婚宣告だった。 家族のために尽くしてきた年月を、ただの「役目」としか見ていなかった夫と息子。 何も言い返さず家を出た恵子だったが、翌日、誰も知らなかった一通の封筒が加納家で見つかる。 そこに記されていた亡き義母の最後の意思が、家族の運命を大きく変えていく――。嫁姑|夫婦|介護1.4萬字5 698 -
完結第9話
捨てられた妻の逆転人生
30年間家族を支え続けた妻・美智子に、夫は突然「もうお前は必要ない」と離婚届を突きつけた。 専業主婦として何も生み出していないと思われていた美智子は、何も言い返さず家を去る。 しかし翌朝、夫が残された古いファイルを開いた瞬間、30年間隠されていた衝撃の真実が明らかになる。 会社を支えていた取引先、危機を救った技術、築き上げた成功――そのすべての裏側には、誰にも知られず夫を支え続けた美智子の存在があった。 「家政婦」と呼ばれた妻が、本当は誰よりも会社と家族を守っていた理由とは。 そして、すべてを失った夫が初めて気づいた、取り返せない30年間の後悔とは――。因果応報|夫婦|熟年離婚1.4萬字5 2563 -
完結第12話
家賃55万の置き土産
夫の家族と13年間暮らしてきたまゆ子は、ある日突然、義母から告げられる。 「里帰り出産で長男夫婦が来るから、あなたは明日までに出ていって」 家族のために尽くしてきたはずだった。血のつながらない息子にも、義母にも、夫にも、ずっと気を遣ってきた。けれど義母にとって、まゆ子はもう“用済み”の存在でしかなかった。 しかも夫は出張と偽り、別の女性と会っている疑いまで浮かび上がる。 翌日、まゆ子は言われた通り家を出ることにした。 ただし、何もかも置いていくつもりはなかった。 月55万円の家賃を払っていたのは誰なのか。リビングを埋める家具家電を買ったのは誰なのか。 まゆ子が引っ越し業者に告げた一言で、義母たちの“幸せな同居計画”は静かに崩れ始める――。兄弟姉妹|親子関係1.8萬字5 544 -
完結第10話
退職祝いは離婚届
38年間、仕事一筋で家族を支えてきた黒田俊夫。 退職祝いの夜、彼は妻・真由美に言った。 「これからは、二人でゆっくりしよう」 しかし、その言葉を聞いた真由美は笑わなかった。彼女が静かに差し出したのは、白い封筒に入った離婚届だった。 若い頃に交わした旅行の約束。何度も後回しにされた夫婦の時間。「退職したら」「落ち着いたら」「今度こそ」と言われ続けた38年。 俊夫にとっては、これから始まるはずの老後だった。けれど真由美にとっては、もう待ち続ける時間の終わりだった。 妻はなぜ、夫の退職の日を選んで家を出たのか。 そして俊夫は、妻がいなくなった家で初めて、自分が見てこなかったものに気づいていく――。夫婦|第二の人生|熟年離婚1.5萬字5 1184 -
完結第11話
22年目の母席
7歳の時から、美緒を育ててきた高瀬京子。 血のつながりはなくても、熱を出した夜にそばにいたのも、弁当を作ったのも、卒業式や成人式に付き添ったのも、すべて京子だった。美緒もまた、いつしか彼女を「お母さん」と呼ぶようになっていた。 しかし結婚式を前に、22年間ほとんど姿を見せなかった実母・麗子が現れる。 実の母親という分かりやすい肩書。結婚祝いの200万円。そして、相手方の家族が求める“普通の形”。 やがて美緒は、京子に告げる。 「今回は、麗子さんにお願いしたい」 さらに結婚式当日だけは、自分を「京子さん」として扱ってほしいと頼まれた京子。22年間積み重ねてきた日々は、たった一言で母親の席から外されてしまう。 本当の母親とは、産んだ人なのか。それとも、そばに居続けた人なのか。 娘の結婚式を前に、京子が初めて自分の傷と向き合う、静かな家族の物語。因果応報|親子関係1.7萬字5 1817 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 1105 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 408 -
完結第12話
閉店写真館の11通
閉店まで残り90日。 57年続いた高瀬写真館を片づけていた佐知子は、暗室の古い引き出しから、父の字で「未引取」と書かれた11通の封筒を見つける。 中に入っていたのは、1990年代から2000年代初めに現像されたまま、誰にも受け取られなかった写真たちだった。 夏の河原で笑う家族。クリスマスの夜に並ぶ姉妹。小学校の運動会。何気ない日常の一枚一枚には、持ち主たちが忘れたはずの時間と、言えなかった後悔が静かに残されていた。 佐知子は閉店までに、できる限り写真を持ち主へ返そうと決める。 けれど、封筒を開けるたびに戻ってくるのは、他人の記憶だけではなかった。 その中の一枚に写っていたのは、12歳だった自分の娘・真理。 写真に残っていた笑顔の外側で、母と娘の間には、長いあいだ言葉にできなかった寂しさが眠っていた。 受け取られなかった写真は、何を取り戻し、何を変えられないまま残すのか。 閉店する小さな写真館を舞台に、家族、記憶、後悔、そして写真に写らなかった時間を描く物語。親子関係1.7萬字5 170