"7時15分の黒い日記" 第5話
控えめな笑顔。
彼はので、何度もその挨拶を繰り返した。
「おはようございます」
佐藤の部では、しい記帳が増えていった。
昭5711。を迎えた。彼女と緒だ。誰にも邪魔されない。これが僕の幸せだ。
昭584。あれから2が過ぎた。彼女の夫が再婚したと聞いた。やはりあの男は彼女をしていなかった。僕だけが彼女を本当にしている。
昭60になると、佐藤は体調を崩し始めた。胃の痛みが続き、欲が落ちた。病院ではストレスが原因だろうと言われたが、佐藤は仕事を休まなかった。
昭61、事件から5が経つと、浜松の町で子の失踪事件を覚えているはなくなった。しい事件、しいニュースが々の関を奪い、過の失踪事件はしずつ忘れられていった。
それでも、子の母だけは娘を待ち続けていた。
毎、警察に話をかけた。
「何か分かりましたか」
答えはいつも同じだった。
「申し訳ございません。しい報はありません」
昭62、佐藤の体調はさらに悪化した。体が急激に減り、顔も悪くなった。同僚たちは病院へくよう勧めたが、佐藤は頑なに拒んだ。
「丈夫です。ただし疲れているだけです」
しかし昭63、佐藤は勤に倒れた。
精密検査の結果、した肝臓癌が見つかった。
医師は静かに告げた。
広告
「かなりしています。術は難しいでしょう。残されたはくありません」
佐藤は井を見つめたまま、さく頷いた。
その夜、病で彼は記にいた。
昭6310。もうすぐ僕もく。彼女のところにける。ずっと緒にいられる。
昭631118、佐藤茂は息を引き取った。
葬儀は質素なものだった。参列者はバス会社の同僚数名と、甥の健だけだった。
そして、その甥が遺品理を始めた、7閉ざされていた真実が、ようやくかれることになった。
佐藤の甥、健は、叔父のアパートを訪れた。
そこは古い造2階建ての建物で、佐藤の部は2階の奥にあった。6畳の狭い部だったが、物はなく、きちんと理されていた。几帳面な性格が、そのまま部に表れていた。
健は叔父とそれほど親しくなかった。盆と正に顔をわせる程度で、佐藤は親戚の集まりでも隅に座って黙っているような男だった。
「器用だけど、悪いじゃない」
健の母は、そう言っていた。
遺品はくなかった。古い具、しの器、数冊の本。押し入れには昭の推理説が並んでいた。松本清張、森誠、京太郎。佐藤が読を好んでいたことが分かった。
健が袋をけると、奥に布で包まれた箱があった。
議にい、布をほどく。
には、10冊以のノートが然と並べられていた。
広告
表には、昭53、昭54、昭55と度がかれていた。
健は番古いノートをいた。
昭53415。今、しい乗客が乗ってきた。715分の留所。美しいだ。
最初は、ただの記だとった。
しかしページをめくるうち、健の顔は変わっていった。
昭5353。彼女は今も715分に乗した。いピンクのブラウスを着ていた。髪をろで1つに結んでいた。疲れているようだったが、笑顔で挨拶してくれた。
昭53718。今で95目。彼女の名をりたい。どこにんでいるのか、どんな活をしているのか。すべてをりたい。
健のが止まった。
これは普通の記ではない。誰かを観察している記録だ。
さらに昭54のノートをく。
昭5426。彼女が結婚したようだ。薬指に指輪をしていた。胸が締めつけられるいだ。しかし彼女は僕のバスに乗り続けてくれている。それだけで救われる。
健の背にたい汗が流れた。
そして昭56のノートにたどり着いた、彼は息を呑んだ。
昭56116。もうできない。彼女は僕のものになるべきだ。あの男の妻でいることは許せない。僕だけの彼女にしなければ。今夜、決した。
次のページには、さらに恐ろしい言葉があった。
昭561113 午1015分。彼女を僕だけのものにした。抵抗されたが仕方なかった。
彼女は永に僕のそばにいる。誰にも渡さない。
健はノートを持つが震えた。
これは犯罪の記録だ。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
消えた水色の妹
2001年、姉の結婚式の日に突然姿を消した24歳の看護師・小百合。 財布も携帯電話も残したまま、非常口へ向かった彼女の最後の姿だけが、防犯カメラに記録されていた。 家族は7年間、必死に彼女を捜し続けた。 そして夫となった男も、誰よりも協力的な家族として小百合を探し続けていた。 しかし、引っ越しを前に開けられたベランダの作業部屋で見つかったのは、誰も予想しなかった7年前の痕跡だった。 壁の中に隠されていた一本の携帯電話と、残されたわずかな言葉。 あの日、結婚式の裏側で何が起きていたのか。 そして、最も信頼されていた人物が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 814 -
完結第10話
トウモロコシ畑に消えた母
1999年、長野の静かな村で起きた不可解な事件。 朝のトウモロコシ畑で発見された農家の女性は、周囲から「親孝行な婿」に守られていたはずだった。 しかし、現場に残された小さな痕跡と、15年後に開かれた古い証拠が、誰も疑わなかった男の裏の顔を暴いていく。 家族を支える優しい婿の仮面の裏に隠されていたものとは――。 長い年月を経て、静かな村に埋もれていた真実が、ついに明らかになる。ミステリー|行方不明1.5萬字5 257 -
完結第11話
最後の定期券
30年間、毎朝駅へ向かい続けた父。 定年後、突然姿を消した彼の行き先は、30年前に消えた小さな駅だった。 娘が父の部屋で見つけた一枚の古い切符と、「必ず迎えに行く」という謎の言葉。そこから、父が誰にも話さなかった過去が少しずつ明らかになっていく。 父が30年間守り続けていた約束とは何だったのか。 そして、あの日駅から消えた少女の行方は――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 595 -
完結第11話
飛騨の農家に消えた嫁
1995年、岐阜県飛騨地方の山あいにある和牛農家へ嫁いだ27歳のゆき子。 よく働き、誰にも逆らわず、慣れない村で必死に暮らしていた彼女は、ある冬の日、牛舎へ向かったまま姿を消した。片方だけ残された長靴。消えた青いジャンパー。そして、家族が語った「自分から出て行った」という言葉。 警察は深く調べることなく、失踪は家出として処理された。 それから8年。村では何事もなかったように季節が巡り、義父の幻蔵は“誠実な畜産農家”として周囲から慕われ続けていた。 しかし、牛舎裏の堆肥の山から見つかった人骨が、止まっていた時間を動かす。 長年誰も近づけなかった壺のそば。夜ごと繰り返された寝言。真冬の洗車場で執拗に洗われた軽トラック。 誰も探さなかった若妻は、8年間どこにいたのか。 そして、家の体面を守るために義父が隠し続けたものとは――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 374 -
完結第11話
6秒の着信
2019年10月、紅葉の雪岳山を訪れた若い恋人、ジフンとアリン。 翌年に結婚を控えた2人は、記念写真を残すために山へ向かった。登山口の防犯カメラには、笑い合いながら歩く幸せそうな姿が映っていた。 しかし午後3時過ぎ、2人は分岐点でなぜか正反対の道へ進む。 そして、そのまま山の中から忽然と姿を消した。 大規模な捜索が行われても、足跡も荷物も見つからない。事故なのか、失踪なのか、それとも誰かが2人を誘い込んだのか。真相が分からないまま、3年の月日が流れていく。 やがて2022年、登山道近くの泥の中から、アリンの携帯電話が発見される。 そこに残されていたのは、最後に撮られた1枚の写真と、わずか6秒間の通話記録。 「そのまま来てください。彼も着きました」 その短すぎる声が、3年間“山で消えた”と思われていた恋人たちの、本当の行き先を暴き始める――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 394