"いただきますのない食卓、私は家を出た" 第16話
話の向こうでみわ子はさく息を吐いた。
「違います。私がをたのは、事を作るのが嫌になったからではありません」
みわ子の声には、孝志に対する何の未練も抱いていない、完全に吹っ切れたの響きがあった。
「毎、誰の目にも入らず、誰からも『いただきます』すら言われない。私ののは、あなたたちにとってはあって当たりの、空気以のものだった。
私の残りのまで、そんなたちに差しす必はありません」
静かだがい言葉が孝志の胸を真っつに切り裂いた。
「みわ、俺が悪かった。これからはちゃんと謝するから、戻ってきてくれ」
「遅いんです」
みわ子はまるで赤のに語りかけるよう、静に言葉を紡いだ。
「私は便利な具ではありません。ただ、緒に笑いえる族でいたかっただけです。さようなら」
「待て、頼む、待ってくれ!」
ブツン ——
無質な子音が通話の終わりを告げた。
孝志は慌ててリダイヤルを押すが、今度は「おかけになった話番号は波の届かない所にあるか、源が入っていないため」というたいアナウンスが流れるだけだった。
着信拒否、あるいは源を切られたのだ。
「ああ…… ああ……」
孝志はスマートフォンをに投げ落とし、そのに崩れ落ちた。
完全に終わったのだ。
自分の傲さ、無神経さが、かけがえのない妻をこのから永に追いしてしまったのだ。
広告
「お父さん、お母さん、もう帰ってこないの?」
匠が泣きそうな顔で訪ねる。
「ああ、もう度と戻ってこない」
孝志はソファで苦しむかよ、シワだらけのシャツを握りしめ呆然とち尽くす翔太、顔を覆って泣き続ける彩佳を順に見渡す。
ゴミの異臭とえ切った空気に包まれたリビング。これが彼ら自が招いた結末だった。
「誰のおかげで毎何自由なく暮らせているとっていたんだ」とふんぞり返っていた男の、惨めな末であった。
彼らはみわ子という太陽を永に失い、暗ので々を過ごしていくことになったのである。
みわ子からの通話が切れてから数が過ぎ、松井は誰の目から見ても完全に崩壊していた。
曜の朝、夫の孝志はシワだらけの古いシャツによれよれのネクタイを締め、玄関の鏡のにっていた。
鏡に映る自分の姿はまるで別のように、疲れと憔悴に塗りつぶされている。
昨、ついに体調が悪化したかよを救急で病院へ運んだの景が、孝志のかられなかった。
「お母様の血圧の薬、名は分かりますか?いつからまれていませんか?」
救急病院の護師からの当然の質問に、孝志は何つ答えることができなかった。
「ご自の親御さんのことなのに、通院先も薬の名称も全く把握していないなんて、ご族として無責任すぎますよ」
広告
若い護師からたい言葉で指摘され、孝志は待でただ惨めにをげるしかなかった。
「俺のはどうしてこんなことになってしまったんだ」
孝志はつぶやいた。
「俺の稼ぎでをわせてやっている」とあれほど偉そうに振るい、おさえ取りげれば妻は泣いてすがりついてくるとい込んでいた。
しかし現実はどうだ?妻を失った自分は毎べるものにも困り、着る清潔なもなく、母親の体の管理すらでできず、から無責任な男と軽んじられる、ただの無力なだった。
「お父さん、どいてよ」
男の翔太がイライラした様子で孝志を押しのけ、玄関へやってきた。
翔太も替えのがなく、同じワイシャツを着回している。首元は汚れ、体からはい汗の臭いが漂っていた。
「ああ、会社にくのが嫌だ。こんな臭いを着ていたら絶対同僚に気づかれる。全部お父さんのせいだからな」
「なんだ、俺のせいだというのか」
孝志が声を荒げると、次男の匠もややかな線を向けてきた。
「そうだよ。お父さんがお母さんを便利な具みたいに扱って偉そうにしていたから、逃げられたんでしょ。俺たちの族がめちゃくちゃになったのは全部お父さんのせいだ」
その言葉に孝志は言も反論できなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
娘の遺した手紙
娘の葬儀を終えたその夜、43歳の佐藤陽子は夫から家を追い出された。 「もうお前を置いておく理由はない」 20年間支えてきた夫から浴びせられた冷たい言葉。さらに夫は、亡くなったばかりの娘の保険金を手に入れようとしていた。 しかし、夫が知らなかったのは、陽子が何も持たない専業主婦ではなかったこと。 祖父から受け継いだ700億円規模の資産、そして夫の裏切りを暴くために動き始めた秘密の調査。 やがて明らかになる、娘の死に隠された真実。 最後まで母を思い続けた娘が残した一通の手紙が、止まっていた家族の時間を動かし始める――。夫婦|親子関係1.8萬字5 220 -
完結第11話
嫌われた娘の五十八億円
父から一度も愛されたことがないと思い込み、家族からも見放された白石真琴。 父の告別式の日、兄たちから「遺産は一円も渡さない」と突き放された彼女のもとに、深夜一本の電話が入る。 それは、亡き父が最後まで隠し続けた“真実”を伝える弁護士からの連絡だった。 58億円の遺産、封印された手記、そして父が30年間演じ続けた冷酷な態度の本当の理由。 なぜ父は、最愛の娘を傷つけ続けたのか。 なぜ人生を捨てるほどの覚悟で、娘を遠ざけたのか。 一冊の手記に記された、父の命懸けの愛と、家族に隠された衝撃の真実とは――。兄弟姉妹|相続1.7萬字5 267 -
完結第10話
捨てられた妻の逆転相続
十年間、義母の介護を一人で背負い続けた妻・恵子。 しかし、四十九日の法要が終わった直後、夫から告げられたのは「もう君の役目は終わった」という冷たい離婚宣告だった。 家族のために尽くしてきた年月を、ただの「役目」としか見ていなかった夫と息子。 何も言い返さず家を出た恵子だったが、翌日、誰も知らなかった一通の封筒が加納家で見つかる。 そこに記されていた亡き義母の最後の意思が、家族の運命を大きく変えていく――。嫁姑|夫婦|介護1.4萬字5 571 -
完結第9話
捨てられた妻の逆転人生
30年間家族を支え続けた妻・美智子に、夫は突然「もうお前は必要ない」と離婚届を突きつけた。 専業主婦として何も生み出していないと思われていた美智子は、何も言い返さず家を去る。 しかし翌朝、夫が残された古いファイルを開いた瞬間、30年間隠されていた衝撃の真実が明らかになる。 会社を支えていた取引先、危機を救った技術、築き上げた成功――そのすべての裏側には、誰にも知られず夫を支え続けた美智子の存在があった。 「家政婦」と呼ばれた妻が、本当は誰よりも会社と家族を守っていた理由とは。 そして、すべてを失った夫が初めて気づいた、取り返せない30年間の後悔とは――。因果応報|夫婦|熟年離婚1.4萬字5 2093 -
完結第12話
家賃55万の置き土産
夫の家族と13年間暮らしてきたまゆ子は、ある日突然、義母から告げられる。 「里帰り出産で長男夫婦が来るから、あなたは明日までに出ていって」 家族のために尽くしてきたはずだった。血のつながらない息子にも、義母にも、夫にも、ずっと気を遣ってきた。けれど義母にとって、まゆ子はもう“用済み”の存在でしかなかった。 しかも夫は出張と偽り、別の女性と会っている疑いまで浮かび上がる。 翌日、まゆ子は言われた通り家を出ることにした。 ただし、何もかも置いていくつもりはなかった。 月55万円の家賃を払っていたのは誰なのか。リビングを埋める家具家電を買ったのは誰なのか。 まゆ子が引っ越し業者に告げた一言で、義母たちの“幸せな同居計画”は静かに崩れ始める――。兄弟姉妹|親子関係1.8萬字5 381 -
完結第10話
退職祝いは離婚届
38年間、仕事一筋で家族を支えてきた黒田俊夫。 退職祝いの夜、彼は妻・真由美に言った。 「これからは、二人でゆっくりしよう」 しかし、その言葉を聞いた真由美は笑わなかった。彼女が静かに差し出したのは、白い封筒に入った離婚届だった。 若い頃に交わした旅行の約束。何度も後回しにされた夫婦の時間。「退職したら」「落ち着いたら」「今度こそ」と言われ続けた38年。 俊夫にとっては、これから始まるはずの老後だった。けれど真由美にとっては、もう待ち続ける時間の終わりだった。 妻はなぜ、夫の退職の日を選んで家を出たのか。 そして俊夫は、妻がいなくなった家で初めて、自分が見てこなかったものに気づいていく――。夫婦|第二の人生|熟年離婚1.5萬字5 962 -
完結第11話
私を変えた元嫁
老舗和菓子店「宮本屋」を守ってきた宮本美津江は、一人息子の結婚相手・梨奈を初めて見た時、心の中でこう思った。 「この子なら、教えれば変えられる」 靴の揃え方、挨拶、お辞儀、言葉遣い、店での立ち居振る舞い。美津江はかつて自分が姑に教え込まれたように、嫁である梨奈を“宮本屋にふさわしい人”へ育てようとした。 最初は頼りなかった梨奈も、やがて店の顔となり、若女将として客に愛される存在になっていく。売上も伸び、雑誌やテレビにも取り上げられ、美津江は誇らしげに言った。 「この子は、私が育てたのよ」 けれどその言葉は、少しずつ梨奈の心を傷つけていた。 そんな中、息子・拓海の裏切りが発覚する。梨奈は家を出て、宮本屋を去る決意をするが、美津江が最初に心配したのは、嫁の心ではなく店の未来だった。 梨奈は本当に、美津江に育てられただけの嫁だったのか。 そして、宮本屋に残された美津江は、梨奈のいない店で初めて、自分が何を奪い、何を見落としてきたのかを知る。 嫁を変えようとした姑と、自分の人生を取り戻そうとした元嫁。 これは、家族でも他人でもない二人の女性が、衝突の末にもう一度向き合っていく物語。嫁姑|第二の人生1.6萬字5 172 -
完結第11話
捨てた料理の代償
義母・美智子と同居しながら、穏やかに暮らしていた奈々子。 ところが、お盆になると義妹の杏奈夫婦が突然帰省してくる。連絡もなく家へ上がり込み、食事を当然のように食べ、手伝いもせず、さらには義母へ金まで借りようとする二人。注意されるたび、杏奈は奈々子を「他人」扱いし、実家を乗っ取った嫁のように責め続けていた。 そして迎えたお盆の夕食。 食卓に並んだ料理を見た杏奈は、皆の前で言い放つ。 「他人が作った食事なんて、汚くて食べられない」 さらに翔太まで調子に乗り、料理を捨てようとする。 しかし、その料理には杏奈夫婦が知らない“ある秘密”があった。 閉じられていた和室の襖が開いた瞬間、杏奈の顔色は一変する。 翌朝、この家を出ていくことになったのは、「他人」と呼ばれた奈々子ではなかった――。兄弟姉妹|嫁姑1.7萬字5 2867