"半纏に縫われた遺言" 第13話
彼は納入業者の青いベストを着用し、額からびっしりと汗を流していた。 齢は61歳くらいに見える、に焼けた頑な顔つきの男性だった。 私は、ご飯粒を数えるふりをしながら、その男の顔をチラリと盗み見た。 入所してから、度も見たことのない「しい運転」の顔だった。
男は厨のスタッフに声をかけ、材の補充を終えると、汚れたを拭くために、私の座っているテーブルのすぐ横を通り過ぎようとした。 そのだった。 男がにこぼれた汁を拭き取ろうと、私の元で腰をく屈めた瞬、彼のきが突如としてピタリと止した。 彼の線は、私が着ている黒い半纏の、裾の端の部分に完全に釘付けになっていた。
正確に言えば、彼は私の半纏の裾の裏側に、裁の技術で精巧に刺繍された、5の絹の糸で作られた「菊結び」の紋様を凝していた。 その独特な結び目は、私の涯の裁士としての「刻印」だった。 太い針の先を3回ねじってから気に引き抜いて仕げるその特殊な技法は、全国を探しても、浅の私しか使わない子相伝のやり方だった。 京都の目の肥えた着物職たちが、「これは浅の佐々さんの仕てた着物だ」と目で見分けるのも、すべてはこの裾の菊結びのがあるからだった。
男の茶い瞳が、まるでに揺れる柳の葉のように、激しく震え始めた。
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根の汁物を持った彼のが空気で完全に静止し、お玉の先から汁がへとポタポタとたく落ちていった。 彼の顔が、最初は幽霊のように真っになり、次の瞬には、激しい興奮で真っ赤に変していった。 男がゆっくりと顔をげ、私の目をじっと見つめてきた。 彼の唇はプルプルと激しく震え、その目には、粒の涙がじわりと浮かびがっていた。 首の喉仏が、激しくにいている。それは、胸の奥底から湧きがる激しいを、必にグッと堪えているの顔だった。
「……女将さん、女将さん……っ! どうして、どうしてこんな奥の所に、あなたが女将さんがいらっしゃるんですか……!?」 彼の声は、激しく枯れていた。 その瞬、私の全の細胞が、凍りついたように直した。 私を「女将さん」と呼ぶその独特な響きは、浅の古くからある、あののしか使わない特別な呼び方だったのだ。
男は私の元にすがりつくようにして、声を潜めて激しく訴えかけてきた。 「私です……! 25にくなった佐々のご主が、うちの娘の臓術の費用にと、あの、ぽんと1000万円を差ししてくださった……封筒のを、まさにこの5の絹糸の『菊結び』で結んで渡してくださった、の果物の鉄男です……!」
その言葉を聞いた瞬、25の浅の記憶が、脳裏へと稲妻のように鮮烈に蘇ってきた。
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当、浅の仕事のくで、果物のさなをしていた若い青がいた。齢は確か、36歳くらいだったろうか。 彼の幼い娘が先性のい臓病を患い、での術を急がなければならなかったが、貧しい彼にはそんなはなく、毎晩、の荷台に顔を突っ伏して声で泣いていた。 その噂をにした私の夫が、あるの夜、彼のをふらりと訪ね、の詰まったい封筒を「これを使いなさい」と言って渡したのだ。 鉄男がにひざまずき、「かかっても必ず返します、いつお返しすればいいですか」と涙を流して尋ねた、夫は笑ってを振り、こう言った。 『返す必なんてないよ。その代わり、そのおで娘さんを元気に育てて、派ににしてやりなさい』
私は、その夫が渡した封筒のを、おが途でこぼれ落ちないようにと、5の絹の糸を使って、固く、固く菊結びにして結んであげたのだった。 その、私たちが半分忘れかけていた古い恩義の結び目を、この目のの男は、25ものい歳が流れても、瞬たりとも忘れずに覚えていてくれたのだ。 の奥がツンと激しくくなり、目にい涙が込みげてきた。
しかし、今はここで涙を流して再会をんでいるではなかった。 鉄男が、涙を流しながら私のに本格にひざまずこうとした、まさにその瞬だった。
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