"三輪山に消えた家族" 第2話
裕は何かにく導かれるように、その桐箱へ向けてを伸ばした。ドクンと、臓がきく脈打つのが分かる。この箱が、25閉ざされてきた沈黙を破る始まりの鍵になることを、このの彼はまだる由もなかった。
物置の暗がりので、裕は息を詰め、その桐箱の表面を見つめていた。慎に両で持ちげてみると、ずっしりとしたみはないものの、いをかけて周囲の湿気と空気を吸い込んだ、目の詰まったの密度がのひらを通じて伝わってくる。
角の削りやわせ目の処理は驚くほど滑らかで、腕の良い職の仕事による丁寧な作りであることが見て取れた。これはそこらにある使い捨てのガラクタとはらかに違う。誰かがい志を持って、この所に隠したものだ。
裕はのひらで箱のの埃を優しく払い落とすと、その箱を割らないよう慎に両で抱え、の差し込む居へと運んだ。 暗い廊を通り、先ほどの居の畳のに正座し、改めて桐箱を自分の目のに置く。
障子窓から柔らかい陽が差し込むでは、箱の繊細な目がより層はっきりと浮かびがった。蓋と本体は吸い付くようにぴったりとわさっており、隙に指をこじけるような粋な真似は到底できなかった。
広告
裕はそっと蓋の縁に指をかけ、へとゆっくりと持ちげた。スーッというの擦れう微かな音をてて、25の封印が静かに解かれた。 最初にをくすぐったのは、古いの匂いと、虫除けのために緒に入れられたのであろう、樟脳のかすかなりだった。その独特なりは、裕に実のタンスの匂いをいさせ、瞬だけ胸を締め付けるような郷愁に似たが通り過ぎていった。
裕が箱のを覗き込むと、そこには1枚のあせた写真と、そのに置かれた通の封筒があった。 彼はまず、写真てにも入っていない、むきしの写真を指先でそっとつまみげた。平成初期特の、しっぽい沢のある印画。
そこに写っていたのは、紛れもなく失踪した叔父の4の姿だった。おそらくこのの庭で撮されたのだろう、背景には今もにあるあの柿のの幹がくっきりと写り込んでいる。 父親の正隆はし窮屈そうに紺の背広を着込み、カメラに向かってぎこちない笑みを浮かべていた。
当学だった2の兄弟は、屈託のない満面の笑顔を見せ、父親の元にはしゃぎつくようにして寄り添っている。そしてその横で、髪のない髪を綺麗に結いげ、品の良いワンピースを着て静かに微笑む母親の千代子。
広告
それは裕の記憶のにある、優しい叔母の面そのものだった。
だが、裕は写真全体を観察していくうちに、ある種の奇妙な違に気づいた。それは、あまりにも完璧にいすぎた「幸せな族写真」の構図だったからかもしれない。よく見ると、誰かに「笑え」と命令されて無理に作っているかのような、わずかな張りが正隆の元にあるように見える。
そして、裕が線を写真の端へとゆっくり移した、彼はさく息を呑んだ。 柿のの太い幹のに紛れるようにして、自然な「黒い」が写り込んでいたのだ。
それはの肩か、あるいはに包まれた腕の部のように見えなくもなかった。撮者のではない。らかにフレームのから、族に気づかれぬよう入り込んできた、図せぬ訪問者の気配。その気なが、族の完璧な笑顔に穏な亀裂を入れているようだった。
裕は鳴る臓のざわめきを必に抑え、次に写真のにあった通の封筒へとを伸ばした。表面を見つめるが、宛名は切かれていない。 本の伝統なを使った質な封筒は、の湿気でし波打っており、端の方にさな茶いシミができていた。
封は綺麗に切りかれている。裕がから取りしたのは、丁寧に折りたたまれた2枚の便箋だった。
万の青いインクでかれたその美しい文字を目にした瞬、裕はこれが千代子のものだと直に理解した。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
灯油札の密告
2005年11月、長野県の山あいにある静かな村で、工藤家の住宅が深夜に炎に包まれた。 家の中には、父と母、そして7歳の息子。近所の人々が助け出そうと駆けつけるが、玄関には外側から鎖と南京錠が掛けられ、勝手口も角材で封じられていた。 これは事故ではない。 誰かが一家を逃げられないように閉じ込め、火を放ったのだ。 村人たちは涙ながらに犯人探しを願い、特に隣人の男は誰よりも深く悲しんでいるように見えた。だが刑事・星野は、焼け跡に残された不自然な痕跡と、その男の身体にあった小さな傷に違和感を覚える。 そして事件から数日後、町の貴金属店に持ち込まれた大量の一万円札が、捜査を大きく動かす。 その紙幣には、かすかな灯油の匂いが残っていた。 炎で消されたはずの夜に、いったい何があったのか。 そして、最後まで燃え残った“匂い”は、誰の罪を指し示していたのか――。ミステリー|遺體発見2.3萬字5 172 -
完結第10話
雪下の赤いマフラー
1998年11月12日、雪の降る旭川で、赤いマフラーを巻いた3人の女子高校生が忽然と姿を消した。 双子の美咲と南、そして親友の彩。3人は放課後の演劇部の練習を終え、いつものように学校を出たはずだった。だが、その日を境に、家族のもとへ帰ることはなかった。 捜索は続いたが、足跡も持ち物も見つからない。吹雪がすべてを消してしまったかのように、事件は未解決のまま17年の歳月が流れていく。 そして2015年。元郵便配達員の古い鞄から、17年間届けられなかった1通の手紙が見つかる。 そこには、こう書かれていた。 「私は、美咲、南、そして彩に何が起きたのか知っています」 手紙をきっかけに再び動き出す捜査。座布団の中に隠された日記、古いカセットテープ、稚内へつながる謎の手紙、そして雪深い小屋の床下に眠っていた赤いマフラー。 3人はなぜ消えたのか。 教師・田中浩は何を隠していたのか。 17年間閉ざされていた雪の中の真実が、今、静かに姿を現す。ミステリー|行方不明1.5萬字5 778 -
完結第12話
ETCに残らない白バイ
2003年春、千葉県の高速道路を巡回していた女性白バイ隊員・水島舞が、サービスエリアで忽然と姿を消した。 監視カメラには、彼女が白バイを降りて建物へ入る姿が残されていた。だが、その18分後、白バイに乗って走り去ったのは舞ではなく、ヘルメットで顔を隠した見知らぬ男だった。 舞本人も、白バイも見つからない。料金所の記録にも、ETCログにも、その後のはっきりした足取りは残っていなかった。 結婚を控えていた婚約者、娘の帰りを待ち続ける両親、そして答えを出せないまま止まった捜査。 10年後、古い監視映像を最新技術で解析した時、画面の隅に映っていた“あるもの”が、事件を再び動かし始める。 白いバイクは、どこへ消えたのか。 そして水島舞が最後に見た人物とは――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 5097 -
完結第11話
雪峠の五発
2006年11月15日、長野県北部。 その年最初の雪が降り始めた高木峠へ、1人の巡査が向かった。展望台に不審な車があるという匿名通報を受け、霧谷慎也は「確認だけ」のつもりでパトカーを走らせる。 だが午後6時15分、現場到着を知らせる無線を最後に、慎也からの連絡は途絶えた。 雪の展望台に残されていたのは、鍵のかかったパトカーと、車内に置かれた制帽と手袋。慎也本人だけが、吹雪の峠から忽然と姿を消していた。 事故なのか、事件なのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、自ら山へ入ったのか。 妻と幼い娘は、答えのないまま13年を過ごすことになる。 そして2019年春。雪解けの斜面から、慎也が持っていた古い懐中電灯が見つかった。 13年間沈黙していた峠が、初めて返した小さな手がかり。 その光の先に隠されていたのは、匿名通報の本当の意味と、雪の下に封じられていた一夜の真実だった。ミステリー|行方不明1.7萬字5 1268 -
完結第13話
5枚で消された妻
1994年4月、長野県の山あいにある古いビジネスホテルで、31歳の女性・高橋美幸が冷たくなって発見された。 部屋には睡眠薬の空箱と酒の瓶。夫との離婚調停を控えていたこともあり、警察は早々に「事件性なし」と判断する。記録はわずか5枚だけ。母のよし子がどれだけ訴えても、娘の死が再び調べられることはなかった。 それから12年。 美幸の夫だった男は別の町で再婚し、真面目な父親として穏やかに暮らしていた。一方、よし子は痛む膝を抱えながら、毎年娘の墓へ通い続ける。 「娘は、自分から死を選ぶような子ではない」 誰にも届かなかったその言葉が、ある夜、古い薬物帳簿に残された一つの名前によって動き出す。 12年前のホテルで、本当は何が起きたのか。 そして、たった5枚の記録が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 480 -
完結第13話
床下の学級日誌
1995年、福岡の小さな離島・相島に、一人の若い女教師が赴任してきた。 藤野理子、26歳。全校児童わずか11人の分校で、子どもたち一人ひとりに寄り添い、島の人々にも少しずつ受け入れられていく。だが彼女は、ある少女の腕に残る不自然な痣に気づいてしまう。 「このまま見過ごすことはできない」 そう決意した夕暮れ、理子は本土へ渡ろうとしていた。しかし、その日を境に彼女は島から姿を消す。 残された荷物、桟橋で見つかったスカーフ、そして口を閉ざした11人の子どもたち。 警察はやがて、理子が自ら島を出た可能性が高いと判断する。けれど、子どもたちは知っていた。 あの日、桟橋で本当に何が起きたのかを。 それから10年後、取り壊される分校の床下から、理子の学級日誌と万年筆が見つかる。封じられていた記憶が、静かに動き出した――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 268