みかん小説
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"柿の木の下、三十年の帰郷" 第25話

青みがかったグレーの毛糸での見切り品でく買ったものだという。ベランダのさな子に座り、元に毛糸玉を置いてかす。セーターの形がごとにがっていく。

ある、仕事から帰ると母がベランダからを見ろしていた。すりに捕まっている。何見てるんだ?を歩いてるたちだよ。みんなせかせか歩いてるけどどこに向かってるんだろうね。私も隣にってを見た。マンションの敷内を仕事帰りのたちが急いでいる。買い物袋をげた、犬の散歩するり回る子供たち。みんな仕事で忙しいんだよ。都会のき急いでるね。ならもうとっくに畑仕事を終えてご飯の支度をしてるだよ。それなら母さんもゆっくり過ごせばいいさ。母は笑い部に戻って編み物を続けた。

ほど過ぎるとそろそろ帰って畑の野菜の様子を見たいと言いした。送っていくよ。いいよ。でバスに乗って帰れるから。

 

配だったのでやはりバイクで送ることにした。の入りに着くと古い柿ののおじいさんが声をかけてきた。おやよし子さん帰ってきたのか。息子さんがまた送ってくれたんだな。母はバイクからりズボンのしわを伸ばしながら言った。都会は息が詰まるからね。

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やっぱりの空気が番だよ。あんたは幸せ者だ。きも帰りも送迎付きだなんて。母はそれに答えず私を振り返って言った。暗くなるに帰りな。しなら丈夫だよ。の掃除でもしようか。台所にはし埃りが溜まっていた。私が箒で掃いている、母はお湯を沸かしてお茶を入れてくれた。で庭に座ってしばらくお茶をんだ。が暮れかかった頃、私はがった。たくなってきたね。コートのボタンを止めな。ボタンを止め、バイクのエンジンをかける。ライトをつけると青く塗られたしい扉がに反射して輝いた。ミラー越しに見ると母がまた扉のっていた。今度はにお茶の湯呑みを持っている。私は軽くげバイクをらせた。また来週末に帰ってくればいい。々の習慣というものはく続けば自然と馴染んでいくものだ。

き来するようになってが過ぎた頃、あのがコンクリートで舗装された。バイクの揺れもなくなりメートル置きに灯が設置されて夜でもるくなった。母はが良くなったから夜に所へかけても転ぶ配がないねとんでいた。私が駐屯に戻ってから目の、母が庭で転んでしまった。幸いきな怪ではなかったが、首をひねってひどく腫れがった。

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のおじいさんがで町の診療所まで送ってくれたらしい。レントゲンの結果、骨に異常はなく靭帯を痛めただけで数休めば治るとのことだった。私は職話を受けすぐに休みをもらってバイクで駆けつけた。に着くと母は布団にもたれかかってテレビを見ていた。首には包帯が巻かれている。私を見るなりしたことないのになんで帰ってきたんだいと言った。顔を見に来たんだよ。母はを尖らせ、テーブルののタッパーに入った物を指さした。のおじいさんの奥さんが持ってきてくれたんだ。あんたもおあがり煮物をべ、私は庭にて母が転んだという畳を確認した。台所の入りにある青っぽいだ。くコケがえていて滑りやすくなっていた。私はスコップでそのを掘り起こして捨て、代わりに赤いレンガを平らに敷き詰めた。これでもう滑ることはない。

母の怪が治るまでの、私はでずっと付き添った。毎包帯を取り替え、ご飯を作り、庭の掃除をした。母は歩けないので台所の入りに座って私に指示をした。その野菜を切ってすぎるよ。は怪してるのには元気だな。までかさなかったらどうしろって言うんだい。あるの午、母が布団でうたた寝をしている私は布団の端に座り、枕のにあるものを探していた。

古い薬を探していたのだが、ひどく錆びついた鉄の空き箱を見つけた。

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