"浴室の鍵" 第2話
だが、その約束が形だけのものだったと気づくまでに、そうはかからなかった。
結婚活が始まり、浩司が堅メーカーで役職に就き始めた頃から、彼の態度はしずつ、しかし確実に変わっていった。 「男はで命を削って稼いでいるんだ。女はののことだけを黙ってやっていればいい。」 それが浩司の癖になった。 活費はギリギリの額しか渡されず、私がやりくりに苦労していても「おの使い方がなだけだ」と、取りつく島もない。 しでも私が見を言おうものなら、彼は嫌を損ね、机を叩いて鳴り散らした。 「誰ので飯がえているとっているんだ。文句があるならいつでもていけ。」
専業主婦として庭に縛られていた私には、その言葉に逆らう力はなかった。 波をてるくらいなら私がすればいい。 私がをげて嵐が過ぎるのを待てば、なんとか々は回っていく。 そうやってに何も蓋をし、夫の顔だけを伺う々をねてきた。
さらに私を苦しめたのは、義母である浩司の母のだった。 「本の嫁に入ったからには、うちのやり方に従ってもらわないとね。」 所にむ義母は何かにつけて鍵を使ってがに入り込み、私の事やの回りのことにやたらをした。 お盆や正に親族が集まる席では、私は台所にちっぱなしで、座って事を取ることすら許されなかった。
広告
「男の嫁なんだから、気を利かせてよく働きなさい。浩司の顔にを塗るんじゃないわよ。」 義母のたい言葉は、いつも綿で首を絞めるように私を追い詰めた。 浩司に助けを求めても、彼は「母さんの言うことにも理あるだろう。おが直せば済む話だ」と、決して私をかばおうとはしなかった。
そんな孤独で息の詰まるような活ので、私にとって唯のの寄り所は実の母のだった。 父をくにくし、女つで私を育ててくれた母は、いつも優しく私の方でいてくれた。 「ゆみ子、無理はしなくていいのよ。辛かったらいつでも帰ってきなさい。」 話越しに聞こえる母の温かい声に、私は何度も涙を流し救われたことだろう。
しかし、そんな優しい母に異変が起き始めたのは今から 3 ほどのことだった。 「ゆみ子、ごめんなさいね。お鍋を焦がしちゃって、最をつけたことを忘れちゃうのよ。」 最初は単なる齢から来る物忘れだとっていたけれど、蔵庫のに同じ材が溢れかえるようになり、通い慣れたはずのスーパーへの順が分からなくなり、しずつ母の常は崩れていった。 付き添ってった病院での診断結果は認症。 病状はいのほかくし、暮らしを続けるのはもはや危険な状態になってしまった。
広告
「お母さん、うちにおいで。私が緒に暮らしてお世話するから。」 私は迷うことなく母を引き取る決をした。 今まで私を支え、いで包んでくれた母に、今度は私が恩返しをする番だとったのだ。 それに、昼でにいるより、私がそばにいた方が母もだろうと考えた。
しかし、その決断が私の活をさらなる獄へと突き落とすことになるとは、このの私は像もしていなかった。 母をがに連れてきたの夜、浩司はリビングのソファにふんぞり返ったまま、酷な声で言い放った。 「俺の稼いだでわせているのだから、おの親の面倒くらいで見ろ。」 その言葉には、かけらほどのいやりも、族としての温かみもなかった。
「あなた、しでもいいから伝ってくれない。私じゃ夜のお世話までが回らない。」 すがるように見つめる私を、浩司はで笑った。 「俺はも仕事があるんだ。ボケたばあさんのせいで俺の眠を邪魔するなよ。」
そう言い残し、浩司は自分の寝のドアを乱暴に閉め、内側から鍵をかけた。 そのから、私の終わりの見えない孤独な介護活が始まった。 朝は誰よりもく起き、母の排泄の世話をしてから浩司の朝を作る。 は母から目をさず、何度も繰り返される質問に、その都度笑顔を作って答え続ける。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
40.4℃の真実
40.4℃の高熱で救急搬送された、二十歳の女子大学生。 医師は最初、ただの重い感染症だと思っていた。 しかし、診察のために服を少しめくった、その瞬間――診察室の空気は凍りつく。 彼女の身体には、病気では説明できない痕跡が残されていた。 なぜ誰も気づけなかったのか。 彼女は誰にも助けを求められなかったのか。 そして、彼女が涙を流しながら口にした「脅迫されました」という一言が、事件を思いもよらない方向へ動かしていく。 真実を追う刑事。 娘を守ろうとする両親。 そして、権力と金を持つ一人の男。 ページをめくるたびに新たな疑惑が生まれ、最後まで真相が読めない医療サスペンスです。 あなたなら、この事件の真犯人が誰だと思いますか?人生逆転|真実|裡の顔|真相3.5萬字5 1 -
完結第25話
妻のポーチから見つかった結婚指輪
結婚二十二年。 私は、自分たち夫婦ほど平凡で幸せな家庭はないと信じていた。 仕事を頑張る妻を支え、娘を育て、老後のために二十年以上かけて少しずつ貯金を続けてきた。 それが私の人生だった。 だが、妻の出張帰りの荷物を片付けた、たった一度の善意が、その人生を根底から覆すことになる。 下着のポーチの奥から見つかった黒い箱。 その中には、見知らぬ男との結婚指輪と、私たちの老後資金二千百五十万円が入った、別名義の預金通帳が隠されていた。 愛していた妻。 二十年以上親友だと信じてきた男。 そして、私だけが何も知らないまま利用され続けていたという残酷な真実――。 これは、一人の夫がすべてを失い、すべてを取り戻すまでの記録である。真実|裡の顔|真相|ATM扱い|金銭問題|修羅場3.8萬字5 5 -
完結第9話
霧の峠に消えた後継者
1995年秋、長野の霧深い峠道で、1台の黒塗りの高級車が見つかった。 車内には鞄と別荘の鍵だけが残され、運転していたはずの男の姿はどこにもなかった。行方不明になったのは、東京・銀座の名門財閥の3代目後継者、総一郎。28歳の若さで一族の未来を背負うはずだった青年だった。 誘拐か、事故か、それとも自らの失踪か。 身代金の要求もなく、遺体も見つからないまま、事件は長い年月の中に埋もれていく。やがて一族では、総一郎の従兄・涼介が新たな当主となった。 しかし15年後、時効が目前に迫ったある日、総一郎の妹・佐和子は古い資料の中に小さな違和感を見つける。 車に残されていたはずの「別荘の鍵」。だが、それは兄がいつも持ち歩いていた本物の鍵入れではなかった。 消えた鍵入れはどこへ行ったのか。 そして、霧の峠で総一郎は本当に何者かに消されたのか。 時効前日、佐和子と元刑事・沢田は、すべての答えが眠る軽井沢の別荘へ向かう。そこで見つかった一冊の手帳が、15年間閉ざされていた財閥一家の真実を静かに暴き始める――。ミステリー|真実1.3萬字5 87 -
完結第5話
志摩の海に沈んだ母
1994年、三重県志摩の小さな漁村で、70歳を過ぎても海に潜り続けていた海女・高島梅野が突然姿を消した。 その朝、海は穏やかだった。仲間の海女たちは確かに梅野の姿を見ていた。けれど日が高くなっても、彼女だけが水面に戻ってこなかった。捜索は続いたが、亡骸も道具も見つからない。 事故なのか、失踪なのか。 梅野には3人の息子がいた。東京に住む長男、大阪で商売をする次男、そして島に残って母の近くで暮らしていた末の息子・正斗。やがて警察は、梅野が持っていた土地と、息子たちの金銭問題に目を向ける。 だが決定的な証拠はなく、事件は海に沈むように忘れられていった。 それから16年後。 東京・港区で、行方不明のはずの梅野名義の「3億円ビル」が見つかる。しかも名義移転は、彼女が姿を消した後に行われていた。 誰が、母の名義を使ったのか。 古い家に残された血痕、かまどの灰から出てきた金の指輪、そしてタンスの奥に隠されていた一通の遺言書。 志摩の海に消えたはずの真実が、16年後、静かに浮かび上がる――。ミステリー|真実7.7千字5 24 -
完結第4話
トランクの中の9年
2015年、熊本市の公園で、5歳の少年・岡田匠が突然姿を消した。 父・悟と一緒に散歩へ出かけ、砂場で遊んでいたはずの匠。父がほんの一瞬目を離した時、息子の姿はどこにもなかった。公園にいた人々も、周辺の防犯カメラも、匠がどこへ行ったのかを捉えていない。 警察は大規模な捜索を行ったが、手がかりは見つからず、事件は未解決のまま時間だけが過ぎていく。母・美咲は息子の帰りを待ち続け、父・悟は疑いと沈黙の中で少しずつ壊れていった。 そして9年後。 森の違法投棄現場で見つかった一台の古いトヨタ。その車は、かつて悟が所有していたものだった。 錆びついたトランクを開けた時、警察官たちは息をのむ。 中に隠されていたのは、9年前に消えた少年の記憶と、父親が最後まで語らなかった恐ろしい秘密だった――。ミステリー|真実6.4千字5 77