"百円玉の逆転" 第6話
熊川業。
本数の建設会社。
それは夫が築いた会社だった。
私はその法座の預額を告げた。
「80億円ほど」
支の顔から血の気が引いた。
は子の肘掛けにしがみついた。
2の余裕は、跡形もなく消えていた。
支が慌ててを乗りす。
「お待ちください。先の件につきましては、当としても誠を持って対応させていただきますので」
も慌てて言葉をねようとした。
あの猫なで声をそうとしたのだろう。
だが喉が引きつり、途半端に裏返った声になった。
私はポケットから奏の100円玉を1枚取りした。
ずっとポケットのにあったから、体温で温まっていた。
それをテーブルのに置くと、さな音が響いた。
あの、ばらまかれた貨と同じ音だった。
「皆さん、部の員に『たったこれだけ』と言わせていましたね」
私は100円玉を見つめた。
「この100円玉1枚に、孫がどれだけ必にお伝いをしたか。私にとっては、この100円に込めた孫の気持ちの方が、座に置かれた80億円よりもいのです」
応接は静まり返った。
「たったこれだけ、と言わせた方には、、そのみを理解していただきます」
そう言って、私は応接をた。
ゆきさんも続いた。
背では、ドア越しに号が漏れ聞こえていた。
「おが録音されるようなことをするせいだ!」
広告
支がに鳴っている。
「毎毎、数字を詰めてきたのは本部じゃないですか。俺だって好きでやっていたわけじゃない!」
が言い返していた。
い者にい者を攻撃させていた男が、今度は自分の司に噛みついている。
そして、その司もまた、本部に数字を詰められていた。
い者を利用してきた組織は、追い詰められると内側から壊れる。
をると、のが頬を撫でた。
隣を見ると、ゆきさんはち止まり、く息を吐いて空を見げていた。
目は赤い。
けれど、もう泣いてはいなかった。
「ねえ、あなたはこれからどうするつもり?」
私が尋ねると、ゆきさんはし照れくさそうに、それでも真っ直ぐ答えた。
「ベアリバーに、座を設させてください」
私はわず笑った。
「それ、楽しそうね」
その、顧客が預を引きげたという噂とともに、の音声はニュースで取りげられた。
すぐには懲戒解雇され、支も職を解かれた。
けれど、それだけでは終わらなかった。
トカゲの尻尾切りで済ませようとしたに対し、同じような被害を受けたたちが次々と声をげた。
マッチポンプ営業は、あの支だけの問題ではない。
そう広まるにつれ、話題はきくなっていった。
やがて融庁から業務改善命令がされ、そのは統廃へのをたどった。
広告
1。
ベアリバーには、いつもの穏やかな午が流れていた。
佐藤さんはカウンター席でコーヒーをみ、カップをソーサーに戻しながら言った。
「あれから1ですか。それにしても、こんなに穏やかにを1つ揺るがしたは、やっぱり初めてです」
私は肩をすくめた。
「私は何もしていないわよ。声をげたのは、この子たちだもの」
そう言って、エプロン姿のゆきさんに目を向けた。
佐藤さんの空になったカップをげながら、ゆきさんは笑った。そのはもう震えていない。
「文子さん。あの、『あなたは悪くないのよ』って言ってくれたこと、ずっと忘れません」
佐藤さんは嬉しそうに笑った。
「ゆきさんも、ここでの仕事が板についてきましたね。最初はみたいな挨拶をしていましたよね。『いらっしゃいませ。本はどのようなご用件でしょうか』って」
私はわず笑った。
「それくらい許してあげてよ。だって、ゆきさん、で『どうぞクビにしてください』って言ったに、私にこう言ったのよ。『ベアリバーに座を設させてください』って」
「ばらさないでくださいよ。私は真剣だったんです」
ゆきさんは恥ずかしそうに笑った。
その、ベアリバーのドアがいた。
「おばあちゃん!」
学帰りの奏だった。
ランドセルを揺らしながら、まっすぐカウンターへ駆け寄ってくる。
両には、あの貯箱を抱えていた。
「見て。たったこれだけだけど、また貯めたよ」
ゆきさんの目がきくいた。
私も瞬、言葉を失った。
あのと同じ言葉。
けれど今度の奏は、胸を張って言っていた。
私は貯箱を見つめ、ゆっくり微笑んだ。
「派じゃない。枚枚、事に貯めたのね」
ゆきさんが奏の隣にしゃがみ、貯箱を覗き込んだ。
「すごいね、奏ちゃん。今度はちゃんと数えてあげるからね」
奏が嬉しそうに笑った。
ゆきさんも笑った。
私は微笑みながら、3分のお茶を入れた。
湯気が3つ、午ののにちっていく。
100円は、ただの貨ではない。
そこには、子どもがお伝いをしたがある。
ほめられて嬉しかった記憶がある。
誰かをって貯めた気持ちがある。
それを「たったこれだけ」と言うには、きっと分からない。
でも、分かるたちがここにいる。
奏が笑い、ゆきさんがその横で貯箱を支え、佐藤さんが静かにコーヒーをんでいる。
私はその景を見ながら、ポケットのの100円玉にそっと触れた。
もう握り締める必はなかった。
そのみは、ちゃんと届いたのだから。
― 完 ―
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
聖火と十円玉
昭和39年10月10日。東京オリンピック開会式の朝、町中が歴史的な一日に浮き立つ中、大田区の小さな町工場では、職人・佐伯正治がいつも通り旋盤の前に立っていた。 急ぎの部品6個を仕上げ、「俺が届けてくる」と自転車で工場を出た正治。取引先には確かに到着し、部品も無事に渡していた。 しかし、その後、彼は家にも工場にも戻らなかった。 妻も仲間も警察も行方を探す中、正治は4日間姿を消す。そして4日目の朝、髭を伸ばし、汚れた上着のまま、左手に包帯を巻いて工場へ戻ってきた。 彼が作業台に置いたのは、1枚の病院の領収書。 東京中が聖火を見つめていたあの日、名もなき職人はどこで何をしていたのか。 歴史には残らなかった、けれど誰かの人生を確かに支えた、昭和の小さな選択の物語。人生逆転|真相1.6萬字5 16 -
完結第10話
終電の風呂敷
昭和36年の冬、東京郊外の小さな私鉄駅に、毎晩必ず終電だけに乗る老婦人がいた。 午後11時38分。灰色の着物に黒い羽織、そして胸に抱えた紺色の風呂敷包み。彼女はいつも同じ時間に現れ、同じ行き先――工場前駅までの切符を買っていく。 昼間には一度も姿を見せず、帰りの切符も買わない。翌朝戻ってくる姿を見た者もいない。それなのに、次の夜になると、老婦人はまた何事もなかったように駅へ現れる。 若い駅員・高木修一は、次第にその風呂敷の中身と、彼女が毎晩終電に乗る理由が気になっていく。 そして小雪の降る夜、高木は初めて老婦人の後を追った。 終電の先にあったのは、眠らない工場街と、夜勤を終えて戻ってくる幼い少女たちの姿。老婦人が風呂敷をほどいた時、高木はようやく知ることになる。 彼女が毎晩運んでいたのは、ただの荷物ではなかった。 誰にも頼まれず、名前も残さず、昭和の片隅でそっと続けられていた小さな恩返し。その温もりが、時代を越えて誰かの心に受け継がれていく――。人生逆転|真相1.4萬字5 80 -
完結第12話
7階に戻るな
70歳の高橋恵子は、夫を亡くしてから6年、都心のマンションで静かに暮らしていた。 ある夕方、いつものように買い物帰りのエレベーターに乗った彼女は、隣人の老人・木村から一枚の紙切れを渡される。 「病気のふりをして、次の階で降りろ。絶対に7階へ戻るな」 意味も分からないまま指示に従った直後、エレベーターの中で木村は命を落とす。さらに残された紙には、「このマンションでは、誰も信じるな」と書かれていた。 なぜ木村は恵子を逃がしたのか。なぜ7階へ戻ってはいけなかったのか。 やがて事件は、6年前に事故死したはずの夫・優一郎の死、息子夫婦の秘密、そしてマンションから消された5分間へとつながっていく。 たった一枚の紙切れが、穏やかな老後に隠されていた真実を暴き出す――。因果応報|人生逆転1.8萬字5 105 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1萬字5 165 -
完結第12話
捨てられた夏の肖像
次女・夏が生まれた日、夫は赤ん坊の顔を見るなり言い放った。 「この子は俺の子じゃない」 長女は夫にそっくりなのに、次女はまったく似ていない。たったそれだけの理由で、私は浮気を疑われ、DNA鑑定で親子関係が証明されても、夫と義母は夏を認めようとしなかった。 そして私は、生まれたばかりの次女だけを連れて家を追い出される。 残された長女には会えないまま、10年が過ぎた。 ところがある日、成長した夏とショッピングモールを歩いていた私は、夫と義母、そして長女と偶然再会する。 そこで彼らは、夏の姿を見て言葉を失った。 10年前、「他所の子」と罵られた次女には、彼らが知らない大きな秘密があった――。因果応報|人生逆転1.8萬字5 518 -
完結第13話
青いチョーク
63歳の田中澄江は、夫を亡くしてから2年間、午後4時になると必ず家を出るようになっていた。 夕方の光が差し込む居間には、亡き夫の湯呑みと、言葉にできない寂しさだけが残っていた。そんなある日、取り壊し前の小学校の前で、澄江は一本の青いチョークを拾う。 何気なく引いた一本の線。灰色の壁に描いた小さな青い四角。 それはただの落書きのはずだった。けれど、その壁に一人の少年が現れ、やがて子どもたちや町の人々が少しずつ色を足していく。 消えては描かれ、また雨に流されるチョークの絵。 夫を失った悲しみの中で止まっていた澄江の午後4時は、いつしか少しずつ違う色を持ち始める。 一本の青いチョークが、空白になった人生に静かな線を引いていく物語。人生逆転1.9萬字5 155 -
完結第12話
近道看板の逆襲
海の近い小さな村で、家族と農業を営む大平浩。 数年かけて育ててきたトウモロコシ畑が、ある日突然、何者かの車に踏み荒らされていた。畑の入口には、勝手に置かれた「国道への近道」の看板。何度撤去しても、立入禁止の表示を立てても、被害は止まらない。 やがて犯人は、入院中の村長の息子・光だと判明する。 「この村のものは俺のもの」 そう言い放つ光は、畑を道路のように使い続け、ついには浩の娘まで危険な目に遭わせる。警察に訴えても、相手が村長の息子というだけで話は曖昧に流されてしまう。 証拠がなければ、誰も動かない。 そう悟った浩は、畑に防犯カメラを設置し、光が自ら罠にはまる“ある看板”を立てることにした。 家族の畑を踏み荒らした男に待っていた、静かな因果応報とは――。因果応報|修羅場1.8萬字5 340 -
完結第10話
「子なし」離婚の大誤算
離婚届に署名した日、木村さゆのお腹には、まだ誰にも知られていない3か月の命があった。 夫・渡辺健二は初恋の女性との再婚に夢中で、離婚協議書には「婚姻中の子なし」と記されていた。さゆは妊娠を告げることなく、静かに名前を書き、夫の前から姿を消す。 それから10年。 さゆは一人で息子・陸を育てながら、写真館「時」を成功させ、母としても写真家としても自分の人生を築いていた。 しかし、陸の卒業式の日、思いがけず健二と再会する。 壇上で花束を渡す陸の顔を見た瞬間、健二は凍りついた。目元、鼻筋、横顔――そこには、10年前に自分が切り捨てたはずの結婚の答えがあった。 失われた10年は、金で取り戻せるのか。 父親を名乗る資格とは何か。 初恋を選んだ男が、初めて自分の過ちと向き合う時、さゆと陸が選ぶ未来とは――。人生逆転|夫婦1.5萬字5 177