"奥日光の白い菊" 第6話
記録も残さないでください。ただ、聞いてほしいんです」
「続き、記録は必です」
刑事が言うと、彩子は唇を噛んだ。
「それなら話しません」
刑事は迷った。だが、彼女の表を見て、録音を止めた。調用も横へどけた。
彩子はをみ、ようやく話し始めた。
「19951022の朝、私たちは民宿をて、竜ノ滝の渓へ向かいました。駐にを止めて、渓の入まで歩いていったんです」
そこで、1の男がづいてきた。
「湯滝はどこですか」
を尋ねられた4は、図を見ながら教えた。男はが分からないから、しだけ緒にってほしいと頼んだ。
最初、4は断ろうとした。
だが男は、しきりにをげた。
「しだけでいい。だけ教えてほしい」
美紀が周囲を見回し、言った。
「しだけなら、丈夫じゃない?」
4は男と緒に登を歩いた。
最初は何も起きなかった。
男は無で、しろをついてきた。30分ほど歩いた頃、登がに分かれた。
男はそこでち止まり、言った。
「もう1でけます。ありがとうございました」
4が引き返そうとした。
そのだった。
男がナイフを取りした。
彩子の声は震えていた。
「叫ぶなと言われました。言う通りにすれば傷つけないと」
4は凍りついた。
にはいなかった。男はロープを取りし、21組で互いを縛らせた。
広告
さらにを布で塞いだ。
そして登をれ、森の奥へ連れていった。
どれくらい歩いたのか分からない。
1ほどだったようにもえた。
男は4を岩のそばに座らせ、くなと言った。それから、独り言を始めた。
「ごめん。こうするしかなかった」
「妹を守ってやれなかった」
「1でかせて、ごめん」
彩子はその、この男は正気ではないとじた。
が傾き、夜が来た。男は鞄からとパンを取りし、4に与えた。の布を1ずつし、をませ、また塞いだ。
夜は寒く、暗かった。
男は毛布を1枚取りし、4にかけた。自分はしれた所に座り、晩眠らなかった。
々、同じ言葉を呟いていた。
「美子、ごめん」
翌朝、男は4をたせ、さらにの奥へ向かった。
そこで、廃坑の入を見つけた。
入は板で塞がれていたが、男はそれを剥がし、4をへ引きずり込んだ。
廃坑のは真っ暗だった。懐灯のだけが、壁を細く照らしていた。50メートルほどむと、男は4をに座らせた。
「すぐ戻る。ここで待ってろ」
そう言って、男はへていった。
音がざかる。
暗ので、4は必にいた。
美紀が首のロープを岩に擦りつけ始めた。いをかけて、繊維がしずつほつれていく。やがて美紀のが自由になり、彼女はの3のロープを解いた。
4はちがり、を探した。
広告
だが廃坑のは暗く、分岐があった。どちらがなのか分からない。美紀はへんだが、き止まりだった。戻ってへむ。
その、が見えた。
ではなかった。
男の懐灯だった。
男は、狂ったように暴れした。
懐灯のが壁に揺れ、ナイフの刃がちらついた。4はずさりした。元は暗く、そこには垂直に落ちる古い坑の穴があった。
最初に落ちたのは、美紀だった。
叫び声が廃坑のに響き、すぐにざかった。
弓と絵里が男と揉みった。彩子はその隙にろへがった。体が震え、息がうまく吸えなかった。
「逃げて!」
誰の声だったのか、彩子には今でも分からない。
次の瞬、弓と絵里の鳴がなった。
その声も、すぐにくなった。
廃坑のは、何事もなかったかのように静かになった。
男がんだのか、きていたのか。
彩子には分からなかった。
ただ、かすかなのだけを見つけ、そこへ向かってった。壁にをぶつけ、膝を擦りむきながら、それでもった。
へた、空はく曇っていた。
ので、自分がどこにいるのか分からなかった。何歩いたのかも覚えていない。転び、ちがり、また歩いた。
ようやくにた、彩子は通りかかったに助けられた。
その、両親に連絡し、へ帰った。
しかし、警察にはかなかった。
刑事は、息を殺して聞いていた。
「では、の3は……」
彩子は首を横に振った。
「分かりません」
涙がこぼれた。
「でも、私は置いて逃げたんです。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
ガジュマルの根が暴いた夜
2008年夏、京都郊外の古寺で、台風によって1本のガジュマルの老木が倒れた。 むき出しになった根の下から見つかったのは、大人2人と幼い女の子の人骨。そばには、色褪せたピンクのワンピースと、腐食したビジネスバッグが残されていた。 それは15年前、一夜にして姿を消した北村家3人のものだった。 当時、夫の健二は勤務先の建設会社で、不自然な金の流れに気づいていた。だが警察へ告発しようとした直後、妻と幼い娘もろとも消息を絶つ。 なぜ3人は、寺の木の下に埋められていたのか。 バッグの中に残されたフィルム、少女の服に縫われた小さな梅の花、そして15年間沈黙していた男の証言。 刑事・田中恵美が古い証拠を追うにつれ、慈善家として知られる大物会長の仮面が少しずつ崩れていく。 しかし、ガジュマルの根が暴いた真実は、まだ終わりではなかった。 北村家が消された夜、その奥には、誰も触れてはならないさらに深い闇が隠されていた――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 11 -
完結第14話
特大おにぎりの恩返し
小学4年生の遠足の日、黒川大雅は「お弁当を忘れた」と笑う同級生・浅川亜美に、祖母が握ってくれた特大の梅干しおにぎりを分けた。 けれど、それはただの忘れ物ではなかった。 給食だけが唯一まともに食べられる日もあった亜美。お風呂にも入れず、空腹を隠して笑っていた彼女の事情を知った大雅の家族は、静かに手を差し伸べる。やがて亜美は祖父母の家へ引き取られ、二人は離ればなれになった。 それから20年後。 建設会社の社長となった大雅の前に、再開発予定地にある「こども食堂」を守ろうとする一人の女性が現れる。 その名は、浅川亜美。 あの日のおにぎりは、ただ空腹を満たしただけではなかった。祖母の優しさと、一人の少女の人生を変えた記憶は、20年の時を越えて、思いがけない形で大雅の前に戻ってくる――。人生逆転|真相2.0萬字5 17 -
完結第10話
Night072の夏
2019年7月、大阪。 16歳の高校生・瀬名ほのかは、学校を出たあと家に帰らなかった。普段なら遅くなる時は必ず連絡を入れる娘。だがその夜、何度電話をかけても、返ってくるのは留守番電話だけだった。 捜査が始まる中、親友の証言から、ほのかがSNSで知り合った謎の人物と会う約束をしていたことが分かる。 相手の名は「Night072」。 優しい言葉でほのかの悩みに寄り添い、「君を理解している」と語り続けたその人物は、本名も顔も分からないまま、巧妙に正体を隠していた。 やがて、大和川で発見された黒い袋が、事件を最悪の方向へ動かしていく。 医学知識を持つ人物。消された通信記録。空き家に残された痕跡。そして、画面の向こうで優しく語りかけていた「Night072」の本当の姿。 ほのかはなぜ狙われたのか。 そして、彼女が最後に信じた相手は、何者だったのか――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 247 -
完結第12話
井戸に沈んだ制服
1992年10月、宮城県の山あいの村で、68歳の天野越子が突然姿を消した。 越子はその日、いつものように籠に米と果物、庭の菊を入れ、村外れの寺へ向かった。自宅から寺まではわずか600m。何百回も歩いてきた道で、迷うはずなどなかった。 しかし、越子は寺には着いていなかった。 警察犬は自宅から約100m進んだ場所で、彼女の匂いを見失う。財布も通帳も家に残されたまま、争った跡も、倒れた痕跡もない。まるで、その短い道の途中で忽然と消えたかのようだった。 そして7ヶ月後。 村の古井戸から見つかったのは、40年近く前の女子学生服に包まれた、越子のものと思われる一部の骨だった。 なぜ、寺へ向かっただけの老女が消えたのか。 なぜ、古い制服に包まれていたのか。 捜査線上に浮かんだのは、越子の若い頃を知る一人の元教師だった。 彼の家の地下室で警察が見たものは、この村が長年信じてきた“平穏”を根底から壊すものだった――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 180 -
完結第13話
嘘を握った右手
2014年、群馬県の山間部で山わさび畑を営む田中健二が突然姿を消した。 宿舎には通帳も現金も残され、畑の給水設備は止まったまま。几帳面だった健二が、何も告げずに山を離れるはずがなかった。 数日後、農業廃棄物の下から見つかったのは、遮光幕に包まれた健二の姿。右手には、最後まで離さなかった数本の髪が握られていた。 地主の女社長、解雇された若い作業員、秘密の携帯電話、108回の通話記録。 山奥の乾燥倉庫で、あの夜いったい何が起きたのか。 嘘と欲望にまみれた不倫関係が、やがて誰にも消せない証拠を地上へ呼び戻していく――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 164 -
完結第11話
五人目の白い靴
2003年夏、琵琶湖のほとりでキャンプをしていた伊藤一家4人が、忽然と姿を消した。 車もテントも荷物もそのまま。財布や鍵、子どもの持ち物まで残されていたのに、家族だけがどこにもいない。唯一、テントの中にあったのは、伊藤家のものではない片方だけの白い運動靴だった。 靴の内側には、消えかけた名前。さらに、長い年月を経て判明した血の痕跡。 捜査は難航し、事件は未解決のまま5年が過ぎる。だが、再鑑定によって白い靴が語り始めたのは、伊藤一家だけではない、もう一人の少女の存在だった。 なぜ、その靴は琵琶湖のテントにあったのか。 そして、5年前から誰にも届かなかった少女の名前とは――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 200