"年金六万円の母" 第1話
「暮らしなのに、うちで体何をべるの?」
リビングから聞こえた息子・翔平の声に、私は包丁を持ったままを止めました。
まるで臓をたい刃物で貫かれたような痛みが、胸の奥にりました。
私はその、台所で夕の準備を伝っていました。まな板のには刻みかけの野菜が残り、鍋からは噌汁の湯気が細くがっています。けれど、リビングから聞こえてくる息子夫婦の会話に、体がかなくなりました。
「母さんの費、結構かかってるよ」
翔平の声は、私を気遣うものではありませんでした。面倒な費を数えるような、たい響きでした。
すぐに嫁の美咲が答えました。
「そうよね。私たちだって活が変なのに」
私は息をひそめました。自分の名はていないのに、話のにいるのが自分だと分かりました。
しばらくして、美咲がリビングから台所の方へ顔を向けました。
「お母さん、ってにいくらもらってるんですか?」
突然の問いに、私は包丁を置きました。できるだけるく答えようとして、顔だけをしげました。
「え? ああ、6万円くらいかしら」
私の声は普段通りだったといます。けれど、2の表はたいままでした。
翔平は腕を組み、ため息まじりに言いました。
「6万円もあるなら、費くらい自分でせるんじゃない?」
広告
私はを疑いました。
5、夫が急逝したに残してくれた遺産1500万円。その全額を、私は翔平の会社設のために渡しました。
あのの翔平は泣きそうな顔で私のに座っていました。
「母さん、俺、会社をちげたいんだ。でも資がりなくて」
私は迷わず言いました。
「お父さんの遺産があるでしょう。1500万円、全部使いなさい」
翔平は目を輝かせ、私のを握りました。
「母さん、本当にいいの? ありがとう。必ず成功して、母さんに恩返しするから」
そう言って、私に抱きついてきた息子の温もりを、私は今でも覚えています。
だからこそ、今の言葉が信じられませんでした。
美咲は、翔平に同調するように続けました。
「そうですよね。私たちも子どもの教育費とか変ですし」
私のがさく震えました。
翔平は何かを計算するように、テーブルのを指で軽く叩きました。
「じゃあ来から、費として3万円もらおうか」
美咲がすぐにうなずきました。
「それがいいわね。賃とわせて6万円。ちょうどと同じ額ね」
私は台所で包丁を完全に置きました。
6万円のから、賃3万円と費3万円。
元に残るおは0円。
病院にもけず、用品も買えない。
それでも2は、当然のように話をめていました。
その瞬、私ので何かが音をてて崩れました。
けれど、それは終わりではありませんでした。
広告
本当の酷さは、そのから始まったのです。
えば、私はこのに来てから、ずっと息子夫婦に尽くしてきました。
翔平の会社が軌に乗り始めた頃、彼は何度も私に言いました。
「母さん、1で暮らすより、うちに来た方がだよ」
美咲も笑顔でうなずきました。
「お母さんがいてくださったら、私も助かります。孫もびますし」
その言葉を信じ、私はみ慣れたを引き払い、息子夫婦のにを寄せました。
最初は、族のために役てることが嬉しかったのです。朝はく起きて噌汁を作り、洗濯物を畳み、孫の帰りを待ちました。美咲が忙しそうにしていれば、何も言われなくても台所にちました。
それなのに、6万円のをすべて差しすようになってから、扱いは急に変わりました。
「お母さん、今の夕飯は残り物でいいですよね」
あるの夕方、美咲はそう言いました。
卓には、族用に級な牛肉のステーキが並んでいました。鉄板ので焼かれた肉のりが、リビングに広がっています。孫は嬉しそうに箸を持ち、翔平も満そうに皿を見ていました。
けれど、私のに置かれたのは、の残りのめたご飯と噌汁だけでした。
「ありがとう」
私は静かに受け取りました。
声を荒げることはできませんでした。1500万円を渡したことを悔していたわけではありません。
ただ、あのあれほど謝してくれた息子が、私をこんなふうに扱うようになるとは、にもっていなかったのです。
広告
おすすめ作品
-
連載中第7話
20億追放妻の封筒逆転
斎藤グループ創業家の長男と結婚して5年。跡継ぎを望まれながらも子どもに恵まれず、結菜は義実家の視線に耐え続けていた。 そんなある日、夫の愛人が妊娠したことを知らされる。しかも相手の女性は双子を身ごもっていた。義父母は結菜に離婚合意書を差し出し、20億円と引き換えに日本を出るよう命じる。 家族だと思っていた場所から、金で追い出されることになった結菜。だが署名の直前、彼女は誰にも言えない“ある事実”を知る。 何も告げず海外へ渡った結菜と、愛人との結婚式を迎えようとする元夫。 すべてが斎藤家の思い通りに進むはずだったその日、式場に一通の封筒が届く。 そこに記されていた真実が、夫と愛人の未来、そして斎藤家の後継者計画を静かに崩していく――。因果応報|人生逆転|不倫1.1萬字5 27 -
完結第14話
特大おにぎりの恩返し
小学4年生の遠足の日、黒川大雅は「お弁当を忘れた」と笑う同級生・浅川亜美に、祖母が握ってくれた特大の梅干しおにぎりを分けた。 けれど、それはただの忘れ物ではなかった。 給食だけが唯一まともに食べられる日もあった亜美。お風呂にも入れず、空腹を隠して笑っていた彼女の事情を知った大雅の家族は、静かに手を差し伸べる。やがて亜美は祖父母の家へ引き取られ、二人は離ればなれになった。 それから20年後。 建設会社の社長となった大雅の前に、再開発予定地にある「こども食堂」を守ろうとする一人の女性が現れる。 その名は、浅川亜美。 あの日のおにぎりは、ただ空腹を満たしただけではなかった。祖母の優しさと、一人の少女の人生を変えた記憶は、20年の時を越えて、思いがけない形で大雅の前に戻ってくる――。人生逆転|真相2.0萬字5 17 -
完結第11話
部外者会長の逆襲
営業部の新年会に、夫と一緒に出席した井上ゆかり。 しかし会場に着くと、用意されているはずの席はなく、課長の獅倉からは笑いながらこう言われた。 「今日は関係者だけで飲もうよ」 部外者扱いされ、夫婦そろって追い出されるように店を出たゆかり。だが店の外には、黒いセダンと秘書が待っていた。 「帰るから、車出して」 「会長、承知しました」 実はゆかりには、会社の誰も知らないもう一つの顔があった。 翌朝、課長から慌てた電話が入る。大型契約が突然保留になり、会社のサーバーからは、ただの嫌がらせでは済まされない重大な痕跡が見つかっていた――。因果応報|修羅場1.6萬字5 704 -
完結第13話
吹雪の一杯
夫が遺した山あいの温泉旅館「灯里館」を、一人で守り続けてきた70歳の富美子。 しかし返済期限まで残り三ヶ月。1500万円の借金を抱え、親族や開発会社からは「もう旅館を売れ」と迫られていた。 そんなある吹雪の夜、富美子は雪の中で倒れていた一人の外国人男性を助ける。凍えた彼に差し出したのは、囲炉裏の火と、いつもの味噌汁だった。 ただの親切のはずだった。 だが、その外国人が残した映像をきっかけに、灯里館には世界中から予約が殺到する。さらに、旅館を買い取ろうとする開発会社が本当に狙っていたもの、そして亡き夫が密かに守ろうとしていた“山の秘密”が少しずつ明らかになっていく。 夫は本当に旅館を売ろうとしていたのか。 なぜ死後の日付で、夫の署名が残されていたのか。 消えかけた囲炉裏の火が、富美子の人生をもう一度動かし始める――。因果応報|人生逆転1.9萬字5 641 -
完結第10話
消えた金づる夫
妻と娘が、妻の浮気相手とハワイ旅行へ出発する朝。 山中敏文は、玄関で笑いながら荷物を確認する2人を黙って見送っていた。妻の裏切りも、娘がそれを知りながら母親の浮気相手と親しくしていたことも、すでにすべて知っていたからだ。 「今日でさようならだな。永遠に帰ってこなくていいぞ」 敏文の言葉を、妻はただの嫉妬だと笑い飛ばす。娘もまた、父を見下すような言葉を残して出ていった。 しかしその日こそ、敏文が何か月もかけて準備してきた“最後の日”だった。 2人がハワイで浮かれている間に、家の中から荷物は消え、生活の土台は静かに崩されていく。妻が当然のように帰るつもりだった場所は、もう以前の家ではなかった。 帰国後、空っぽの部屋で妻が知ることになる真実。 そして、金づるだと思っていた夫が本気で消えた時、彼女たちの人生は一気に崩れ始める――。人生逆転|夫婦|不倫1.5萬字5 2198 -
完結第12話
アクセル細工の報い
深夜1時、森雪穂のスマホに届いた防犯カメラの通知。 ガレージの映像に映っていたのは、夫・翔太だった。彼は周囲を気にしながら、雪穂が祖父から受け継いだ大切な車に何かをしていた。 翌朝、翔太は不自然なほど雪穂を車で外出させようとする。だが雪穂は知らないふりをしたまま、車には乗らなかった。 そんな時、突然やって来た義両親が「今日だけ車を貸してほしい」と言い出す。見栄のために雪穂の車を借りようとする2人を、なぜか翔太だけが必死に止め始めた。 「待ってくれ。その車はやめろ」 昨夜、夫は車に何をしたのか。 そして、義両親がその車に乗った瞬間、翔太の隠していた本性が静かに崩れ始める――。因果応報|夫婦1.8萬字5 3043 -
完結第12話
凍った再婚式
36年間連れ添った夫の鞄から、妻・佳子が見つけたのは、見知らぬ女性との結婚招待状だった。 しかも日付は3月14日。会場は京都・祇園の高級旅館。招待客は約100人。夫はまだ離婚も成立していない妻を残したまま、別の女性との“再婚式”を準備していた。 だが佳子は泣かなかった。問い詰めることもなく、招待状を写真に収め、静かに元の場所へ戻した。 夫婦の共有口座から消えていた金。京都に隠されていた3800万円のマンション。退職予定の夫に支払われる2500万円の退職金。そして、妻を財産から外そうとする遺言。 36年間、夫の予定も家計も管理してきた佳子は、すでにすべてを記録していた。 そして迎えた再婚式当日。 祝福に包まれるはずだった会場へ、一通の呼出状が届けられる。 夫が新しい人生を始めるはずだったその日、明るみに出たのは、誰にも知られたくなかった嘘と隠し財産だった――。因果応報|不倫1.7萬字5 1131 -
完結第12話
泥まみれの客と黒塗り5台
土砂降りの夜、タクシー運転手の佐藤美咲は、泥だらけで道端に立ち尽くす1人の老人を見つけた。 他のタクシーは、車が汚れることを嫌って次々と通り過ぎていく。中には、老人をあざ笑い、泥水まで浴びせて走り去る運転手もいた。 月末までにノルマを達成できなければクビ。幼い娘の手術を控え、仕事を失うわけにはいかない美咲も、一瞬だけ迷った。 それでも彼女は車を止める。 「シートなんて洗えばいいんです」 そう言って老人を乗せ、傘を差し、温かい缶コーヒーを手渡した。 しかし翌朝、美咲を待っていたのは、汚された車両と突然の解雇通告だった。 泣き崩れる彼女の前に、5台の黒塗りの車が営業所へ現れる。 昨日の泥だらけの老人は、いったい何者だったのか。 たった1本の缶コーヒーが、彼女の人生を大きく変えていく――。因果応報|人生逆転1.8萬字5 1873