"柿の木の下の息子" 第4話
川が眉をひそめた。
「浪して格したんじゃないのか」
「違います」
伊藤は首を振る。
「過疎域特別推薦です」
その言葉に川の目が細くなる。
「推薦枠は何だ」
「です」
「そののの推薦枠はだけ」
伊藤は資料をめくった。
そして枚の名を指差す。
「本来、この推薦を受ける予定だった物がいます」
「誰だ」
「林です」
川は息を止めた。
伊藤が続ける。
「そして林はに失踪しています」
部が静まり返った。
純也。
。
の失踪。
そして太。
全てが本の線でつながり始める。
川はゆっくりちがった。
窓のでは夕が沈みかけている。
「偶然じゃないな」
い声で呟く。
伊藤もうなずいた。
「ええ」
「来すぎています」
川はコートをに取った。
そして静かに言った。
「林のへくぞ」
「の真実は、まだ終わっていない」
夕暮れの警察署をるの背に、いが伸びていた。
そして事件は、第の失踪者へと向かい始めるのだった。
林の失踪記録を追ううちに、川警部補はさらに自然な事実へとたどり着いた。
。
林が姿を消したその夜。
佐藤太には完璧なアリバイがしていた。
証言したのは当の、斎藤夫だった。
「太はその晩、うちで酒をんでいた」
広告
の捜査では、その証言によって太は完全に容疑者からされていた。
だが川は納得できなかった。
純也の事件でも、太は嘘をついていた。
ならば、の件も同じではないのか。
川と伊藤は元のを訪れた。
庭菜園の畑で作業をしていた斎藤は、警察の姿を見た瞬、らかに表を曇らせた。
「今さら何の用だ」
川は単刀直入に切りした。
「の夜です」
「佐藤太さんのアリバイ証言について確認したい」
その瞬だった。
斎藤の顔が変わった。
に持っていた鍬がわずかに震える。
川は見逃さなかった。
「本当に太さんは、その晩ずっとあなたと緒にいましたか」
沈黙。
だけが畑を吹き抜ける。
やがて斎藤は観したように肩を落とした。
「……すまん」
「嘘だった」
伊藤が息を呑む。
斎藤は力なく続けた。
「太に頼まれたんだ」
「どうしても証言してほしいと」
「医学部へけなくなると言われた」
「の未来のためだと言われた」
川はい声で尋ねた。
「見返りは?」
斎藤は目を閉じた。
「推薦だ」
「私はとして特別推薦の権限を持っていた」
「太はどうしても医者になりたかった」
「だから……」
それ以は言葉にならなかった。
そのの夜。
川は再び佐藤太を取り調べへ呼びした。
机のには脅迫状。
虚偽のアリバイ証言。
広告
推薦枠の資料。
そして林の失踪記録。
全てが並べられていた。
太はつつを見つめた。
やがてさく笑った。
乾いた笑いだった。
「全部……調べたんですね」
川は答えない。
ただ見つめる。
苦しい沈黙の末。
太はゆっくりと顔を覆った。
肩が震え始める。
そして絞りすように言った。
「事故だったんです」
川はたく返した。
「嘘だ」
「純也さんの蓋骨にはか所の陥没があった」
「倒れたを確認するために、もう度殴ったんだろう」
太の顔が歪んだ。
涙がこぼれる。
「違う……」
「違わない」
川が机を叩く。
「最初から話せ」
太は声を震わせながら語り始めた。
の夜。
祝賀会をたあと。
は廃採へ向かった。
そこで言い争いになった。
原因は鈴だった。
そして医学部だった。
太は浪。
純也は現役格。
鈴も純也を選んだ。
太には何も残らなかった。
「俺のものを全部奪った」
「そうったんです」
太は泣きながら言った。
「気が付いたら殴っていた」
「純也が倒れた」
「でもまだ息があった」
「だから……」
言葉が途切れる。
川は静かに尋ねた。
「だから何をした」
太は顔を覆ったまま答えた。
「もう度殴りました」
取り調べに静寂が落ちた。
隠され続けた真実だった。
さらに太は続ける。
遺体を採へ埋めたこと。
翌、発覚を恐れて掘り返したこと。
そして――
の庭へ移したこと。
「柿のを植えようと言ったのも私です」
「穴を掘ったのも私です」
「全部……私です」
川は拳を握った。
広告
おすすめ作品
-
完結第5話
竹林の黒い水
1989年、佐賀県武雄市の裕福な竹農家で、一家3人が忽然と姿を消した。 残された嫁・斎藤吉江は、泣きながらこう証言する。 「夫が義両親の金庫を奪って、女と逃げたんです」 酒とギャンブルに溺れていた1人息子・修二ならあり得る話だと、村人たちは誰も疑わなかった。吉江は、逃げた夫と義両親を待ちながら農場を守る“健気な嫁”として同情され続ける。 しかし12年後、大雨で崩れた竹林の土の中から、錆びたドラム缶と人骨が発見される。 見つかったのは、失踪したはずの義父母の遺骨。そして捜査が進むにつれ、夫・修二が女と逃げたという話にも不自然な点が浮かび上がっていく。 竹林に埋められていたのは、遺体だけではなかった。 12年間、村人たちが信じ込まされていた嘘。毒にまみれた農場。泣く嫁の裏に隠された、あまりにも冷たい真実。 黒い土の下で眠っていた罪が、ついに地上へ姿を現す――。ミステリー|真実|行方不明6.6千字5 0 -
完結第5話
骨が覚えていた名前
2008年、茨城県稲敷市の利根川沿い。高速道路工事の最中、葦原の中から一体の白骨遺体が見つかった。 遺体は20代後半から30代前半の女性。そばには衣類と旅行用の鞄が残されていたが、身元を示すものは何もない。顔も指紋も失われ、死因さえ分からない状態だった。 警察は公開捜査に踏み切るが、800人の行方不明者名簿を調べても一致する女性は見つからない。さらに遺留品の下着から購入者を追っても、手がかりは1万9000人の中に埋もれていった。 捜査が行き詰まりかけた時、白骨化した頭蓋骨に、ある小さな痕跡が見つかる。 それは、美容整形手術の跡だった。 570か所の美容外科、2000人の患者記録。気の遠くなるような照合作業の末、警察はついに1人の女性へたどり着く。 なぜ彼女は誰にも探されなかったのか。 そして、彼女の死後も送られ続けた「元気にしている」というメッセージの正体とは――。 声を失った骨だけが、最後の真実を語り始める。ミステリー|真実|遺體発見7.9千字5 0 -
完結第8話
東京駅に消えた母
1988年、ソウル五輪の熱気に包まれていた東京駅で、72歳の老女・佐倉ミサが忽然と姿を消した。 初期の認知症を患っていた彼女は、長男の一に連れられて駅を訪れていた。息子は「母が手洗いに行ったまま戻らない」と警察に訴え、必死に捜索ビラを配り続ける。 町の人々は、母を見失ったことを悔やみ続ける一を「親孝行な長男」だと信じていた。 しかし27年後、古い捜査記録の中から、奇妙な銀行記録と1枚の乗車券台帳が見つかる。 ミサが行方不明になる直前、彼女名義の通帳から金を引き出していた人物。 そして東京駅で売られていた、熱海行きの切符。 27年間、供養を続けてきた長男の涙は、本物だったのか。 東京駅の人波に消えたはずの老母の行方と、親孝行を演じ続けた息子の正体が、ついに明らかになる――。ミステリー|真相|行方不明|親子関係1.2萬字5 0 -
完結第4話
病院に現れなかった母
2011年9月12日、大分県日出町で、35歳の主婦・光永真知子さんが白昼に忽然と姿を消した。 その朝、体調不良を訴えながらも子供たちを学校へ送り、歯をけがした長女を迎えに行き、歯科医院とスーパーに立ち寄った真知子さん。午前11時30分頃、長女を再び学校へ送り届けた彼女は、「下校する時に電話して。家で寝ているから」と告げた。 しかし午後3時、長女が帰宅すると、家に母の姿はなかった。 玄関は開いたまま。車も携帯電話も自宅に残されていた。慎重で戸締まりを欠かさない真知子さんにとって、それはあまりにも不自然な状況だった。 一方で、バッグや財布、保険証、車の鍵、白い枕、長女のバスタオルなど、不可解な物だけが家から消えていた。だが、保険証が使われた記録はなく、病院にも現れていない。 家族を何より大切にしていた母親は、なぜ子供たちを残して消えたのか。 自ら家を出たのか、それとも日常のわずかな隙間で、何かに巻き込まれたのか。 白昼の数時間に生まれた空白は、今も埋まらないまま残されている。ミステリー|真相6.4千字5 0 -
完結第11話
雨の美容室ローズ
2003年、埼玉県川口市の古い商店街で、美容室「ローズ」を1人で営んでいた宮下しず子が、雨の朝に突然姿を消した。 店の明かりはついたまま。床には切ったばかりの髪が落ち、ハサミと櫛は使いかけのまま置かれていた。レジの金も財布も残され、争った跡もない。 まるで、誰かの髪を切っている途中で、店主だけが雨に溶けるように消えてしまったかのようだった。 警察が追ったのは、前日の夕方に店を訪れた見知らぬ男。痩せて背が高く、雨に濡れたままローズへ入っていった「あの日の客」だった。 しかし男の名前も行方も分からず、事件は迷宮入りする。 それから10年後。 取り壊されることになった美容室の床下から、古い予約帳と一枚の写真が見つかる。そこに写っていたのは、かつて誰も正体をつかめなかった最後の客。 写真の裏には、しず子の筆跡でただ一言、こう書かれていた。 「金田さん 福島」 10年前の雨の夜、しず子はなぜ店を開けたまま姿を消したのか。 そして、最後の客と彼女の間に隠されていた古い約束とは――。ミステリー|真実1.7萬字5 19