"臨月の娘の痣と母の三本の電話" 第1話
夜のを回った静まり返る刻、港区の閑静な宅に佇む超層マンションの最階で、玄関のな属ドアが鈍い軋み音をててきました。
のたい空気とともに滑り込むように入ってきたのは、元を覚束なくふらつかせたの若い女性でした。
その丸みを帯びた腹部にはしい命が宿っており、妊娠ヶを迎えた体は誰の目にもらかなみを湛えていました。
しかし、その痛々しい姿は祝福とは程い惨状にありました。
女性の顔面は無数の青黒い痣で覆い尽くされ、原形をとどめないほどに痛ましく変していました。
のまぶたは肉が裂けんばかりにパンパンに腫れがり、界を完全に塞いでしまっています。
切れた唇の端からは赤黒い血が顎へと伝い落ち、胸元のいブラウスに点々と気な染みを作っていました。
彼女は震えるで膨らんだ腹部を必にかばい、もう方の血の気の引いたを壁に押し当てて、体を預けながらかろうじて玄関ホールをみました。
靴を脱ぐ力すら残っておらず、そのに崩れ落ちそうになる膝を必に奮いたせ、喉の奥から絞りすように声を漏らしました。
「……お母さん……」
細くかすれたその鳴のような呼びかけに反応し、リビングの柔らかな接照の、革張りのソファに腰掛けていた女性が弾かれたようにちがりました。
広告
彼女は代半の品ななりをした女性で、落ち着いたグレーのニットを隙なく着こなしていました。
母の佐藤エリコは、玄関先で倒れ込みそうになっている娘の異変を瞬で捉え、息を呑みながら駆け寄りました。
「はるか……!」
エリコはに膝をつき、倒れ込む娘の華奢な体を両腕でしっかりと受け止め、抱き起こすようにしてソファへと運びました。
柔らかなクッションに娘の体を沈めさせると、エリコは震える指先を伸ばし、腫れがったはるかの頬へそっと触れました。
「体これは……何があったの……」
エリコはそれ以、言葉を紡ぐことができませんでした。
娘の首筋、鎖骨、した首の至る所に、今夜つけられた々しい赤の傷痕と、数週から残っている黄く褪せた古い打撲痕が混ざりっていたからです。
事態の凄惨さに胸を突かれたエリコは、すぐにを押し殺し、徹なまでの判断力で救急の請と夜来の配を済ませました。
タクシーを配して滑り込んだ学病院の救急来には、たい消毒液の匂いが漂っていました。
夜の診察で、当直の医師が線板に掲げられた何枚ものレントゲン写真を指差し、神妙な面持ちでカルテに目を落としました。
医師は鏡の奥の目を瞬かせ、いため息をついてから、パイプ子に腰掛ける母親へと慎に線を向けました。
広告
「保護者の方、よろしいでしょうか」
エリコは背筋を正し、静かに顎を引いて医師の言葉を待ちました。
医師はレントゲン写真に写る細い骨のをペン先でなぞりながら、い調で告げました。
「肋骨にひびが入った痕が、過のものを含めて箇所あります。幸いにも胎児の音は定しており、直接の打撃は免れたようですが……」
医師はそこで言葉を切り、あまりの惨さに顔を歪めました。
「これは、事故などではありません。半以、常かつ執拗に繰り返されてきた力によるものです」
その言葉が落ちた瞬、エリコの端正な顔ちから、すっと切の血の気が引いていきました。
取り乱して泣き叫ぶことも、取り乱してりを爆発させることもしませんでした。
ただ、ややかな悟りのが、その漆黒の瞳の奥くに静かに宿っただけでした。
――ああ、これは決して、魔が差した度や度の過ちなどではなかったのだ。
エリコは静かに目を伏せ、を完全に削ぎ落とした声で医師に向かって応じました。
「……よく分かりました。先、処置をよろしくお願いいたします」
それは、ごく普通の良識ある母親に見える女性が、巨な財閥という怪物を相取り、れず静かな宣戦布告をした瞬でした。