"50年耐えた私が、息子の嫁に「一番怖かった」と言われた夜" 第10話
でも、俺が言ったんだ。「オムツも替えられないくせに偉そうなを叩くな。これ以所に恥を晒すな」って』
「健、あなたが決断したのね」
『……ああ。俺が自分でやらなきゃ、誰もやってくれないからな』
健の言葉に、わずかながらのみが宿っていた。 これまでは母親が、あるいは妻が、背のをすべて拭ってくれていた。 その全帯を完全に奪われて初めて、代半の男は、自分のでのにつことを覚えたのだ。
『ばあちゃんを送っていったとき、施設の相談員さんからメモを渡されたんだ』
「メモ?」
『ばあちゃん、に乗る直、瞬だけ識がはっきりしてさ。相談員さんに、母さんへの伝言を頼んでたらしい』
健が息を詰まらせ、掠れた声で読みげた。
『――よし子さん、逃げてくれてよかった。私は逃げられなかったから、あのは自由になりなさい。お茶、淹れてくれなくていいからね』
喉の奥が、く焼けるようだった。 歳の姑。 理尽な求を繰り返し、私を「飯使い」のように扱い続けてきたあのもまた、かつてはこのの父制に押し潰され、逃げを奪われたの女だったのだ。 その呪いを私に継承させ、私もまた由美さんに渡そうとしていた。
その鎖が、今、断ち切られた。
『母さん……施設の費用だけど、親父のとばあちゃんのを算して、引き落としの続きをしたよ。
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親父の元には、毎数万円の遣いしか残らない。でも、自業自得だ』
「ええ。そうしなさい」
『、庭裁判所の調だろ。親父、くって言ってる。まだ何か喚いてるけど、俺がに乗せて連れてくから』
「わかりました」
私はく答え、話を切った。 台はった。 積みげられた虚構を、公ので完全に砕するが来たのだ。
翌朝。 庭裁判所の調の空気は、たく張り詰めていた。
私の隣には、女性弁護士の先が黒いスーツ姿で着席している。 机のには、法務局の登記事項証、過分の通帳コピー、そして分い訴状の束が然と並んでいた。
ノックの音が響き、向かいの扉がいた。
入ってきた夫の姿に、調委員のがわず目を瞠った。
着慣れない古いスーツの肩は落ち、背は老のように丸まっている。 無精髭は剃られていたが、剃り跡から血が滲み、目のは黒く窪んでいた。 かつて所を睥睨していた尊な主の威厳など、欠片も残っていない。
夫は子に腰をろすと、私から線を逸らし、の点を見つめたまま刻みに震えていた。
調委員がをく。
「相方の志さん。申であるよし子さん側から提された類を精査いたしました。の所権がよし子さんの単独名義であること、並びに過の賃料収入の横領について、法な反論の余はありません」
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夫の肩がビクッとねがった。 掠れた声で、絞りすように喚く。
「嘘だ……! 夫婦の財産は半分こだろ! 建物は俺の持ち分が半分あるはずだ! あのから俺を追いす気か!」
調委員が眉をひそめる。
「志さん、の無断使用による代相当額の損害、そして当利得返還請求の千百万円を相殺すれば、あなたの建物の持ち分など瞬で吹きびますよ。自己破産を選択されるおつもりですか?」
「破産……!?」
夫の顔から血の気が完全に引いた。
「頼む……よし子、だけは……だけは残してくれ! 先代から継いだあのを失ったら、俺は町内を歩けなくなる! 持ち分の売却だけは勘弁してくれ!」
両をわせ、拝むように叫ぶ。 最ににしたのもまた、妻への詫びではなく、己のちっぽけな見栄と世体だった。
「志さん」
私は静かに、しかし鋼のようにい声で言葉を返した。
「そのを守るために働き、をげ、義母の介護を続けてきたのは私です。あなたが守っていたのはではなく、のない見栄だけでした」
「よし子……!」
「あなたのその見栄のために、私はを捧げてきました。でも、もう終わりにします」
夫は両で顔を覆い、机に突っ伏した。 背が惨めに波打つ。
その、弁護士が鞄から、茶く変した通の古い封筒を取りした。
バサリ、と乾いた音が調に落ちる。