"50年耐えた私が、息子の嫁に「一番怖かった」と言われた夜" 第8話
唾をばしながら鳴る夫の姿は、もはや惨めを通り越して滑稽だった。居のがり框には、健が抜け殻のような顔をして座り込んでいる。には使い捨てのゴム袋を握りしめたまま、微だにしない。
「お断りします」
私のく通る声が、淀んだに落ちた。
夫はを疑ったように、を半きにして固まった。
「……は? 何を言ってるんだ?」
「私は、介護をしに戻ってきたのではありません」
私は鞄のファスナーをけ、枚の類を取りした。
法務局の公印が鮮やかに押された、最の全部事項証。
「あなたとの今のまいと、財産の清算についてお話しに来ました」
「清算だと!? ふざけるな!」
夫の顔が瞬で赤黒く沸騰した。
「誰ので偉そうなを聞いてるんだ! ここは俺の実だ! 先代から受け継いだ俺のだぞ! てった嫁にくれてやる財産なんて、円もあるか!」
「ご自の、とおっしゃいましたね」
松田さんが静かににみて、名刺を差しした。夫がそれを乱暴に払い落とそうとするのを制し、私はにした登記事項証を、夫の目のでゆっくりと広げた。
「志さん、よくご覧なさい」
面の角、敷の【権利部(甲区)】を指先で叩く。
そこには、の債務理と、そのの実の遺産分割協議を経て完した登記報が、に刻まれていた。
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「な……んだ、これは」
夫の線が、面を泳ぐ。そして、所者欄に印字された文字に釘付けになった瞬、夫の喉から「ひっ」と引き攣った音が漏れた。
【所者 よし子】
「な、なんで……なんでおの名が……!?」
夫の指先が、目に見えてガタガタと震え始めた。
「嘘だ! こんなの何かの違いだ! 俺の親父が遺してくれただぞ! 俺が継いだだ!」
「違いではありません」
私は歩踏みし、震える夫の瞳を真っ向から見据えた。
「、を潰しかけたあなたを救うため、私の父がをし、保全のために買い取ったです。父が界した際、正式に私が単独で相続登記を完させました」
夫の顔から、急速に血の気が引いていく。唇が青ざめ、幽霊でも見たかのように刻みに震え始めた。
「じゃあ……俺のものは……」
「建物に関しては、あなたと私の共持分が半分ずつです」
松田さんが、氷のように徹な声をねた。
「ですが、の所権は、よし子さんの単独名義です。つまり志さん、あなたは過何にもわたり、よし子さんの所のに建物を無断で使用し続けている状態になります」
「な……」
夫の膝が音をてるように折れ曲がり、玄関の壁に背を激突させた。
自分がとして君臨し、妻を見し、追いしたはずの元が、最初からすべて妻ののひらのだった。
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その残酷な現実が、逃げのない類の活字となって、夫の脳を砕したのだ。
がり框で項垂れていた健が、信じられないものを見る目で父親を見げた。
「親父……本当なのかよ……? 俺のを守ったって、全部親父の嘘だったのか……?」
息子の絶望に満ちた線が、夫の虚栄をズタズタに切り裂いていく。夫は類を握り潰そうと指を歪ませながら、獣のような掠れ声で叫んだ。
「だましたな……よし子、お、最初から俺をはめるつもりで……!」
「騙してなどいません」
私はたい差しを崩さず、帳からさらにもう束の類を取りした。
「あなたが婚式のに、『これからは自由に暮らしたい、ていけ』と言ったのです。だから私は、すべてを現実の類通りに戻すだけよ」
取りしたのは、過にわたる計収支の集計表と、方裁判所から届くはずの調申の副本だった。
「これより、の渡しと、過分の賃料横領に対する千百万円の当利得返還請求の続きに入ります」
夫の喉がヒクヒクと痙攣し、言葉にならない鳴がに漏れしていた。
「……い、千百万……?」
夫の乾いた唇から、掠れた空気の音が漏れた。
「嘘だ……そんな、俺が払えるわけがないだろう! 賃は俺の座に入ってたんだぞ! 俺の稼ぎだ!」
「ええ、あなたの座に入っていました」
私は帳を閉じ、ややかに告げた。
「だからこそ、当利得なのです」
松田政士が鞄から卓を取りし、カチリと音をててのがり框に置いた。