"50年耐えた私が、息子の嫁に「一番怖かった」と言われた夜" 第3話
自分のためだけに器を選んだのは、ので度もなかったことだ。 あのでは常に、夫が好むな陶器と、義母が使い慣れたきな汁椀を洗い続けてきた。
借りた部は、畳にさな台所がついた簡素なアパートだった。 窓をけると、穏やかな差しが畳のに広がった。
やかんにお湯を沸かし、買ってきたばかりの急須で緑茶を淹れる。 ちのぼる湯気を吸い込んだとき、かつて父が遺した言葉が鮮やかに蘇った。
――よし子。業を継ぐ男に嫁ぐなら、実印と台帳だけは絶対に放すなよ。
、先代である義父が急逝したときのことだ。 夫の志は突然引き継いだ物の経営に怯え、荒れて酒ばかりんでいた。 倒産寸だったを救ったのは、私の父が林を切り崩して用ててくれた百万円の現だった。
あのとき父は、司法士ち会いのもとであるを作成させた。 舗兼自宅の敷と建物の権利持分の半分を私に譲渡すること。 さらに数に私の父が界した際、実の遺産分割協議により、敷の底すべての所権は完全に私個の単独名義へと本化されていた。
夫は何もらない。 自分のだと信じ込んでいるそのは、法には私ののに建っているに過ぎないのだ。
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畳のに腰をろし、スマートフォンの源を半ぶりに入れた。
画面が激しく滅し、通が滝のように流れ落ちてくる。
夫からの着信履歴、件。 息子からの着信履歴、件。
真っ赤に染まった画面の留守番話アイコンをタップした。 スピーカーから、を塞ぎたくなるような夫の声が炸裂する。
『おい! よし子! どこにいるんだ! 母さんがオムツを汚して騒いでるんだぞ! 俺にどうしろって言うんだ! に乗って迎えにこうとしたら、鍵の所がわからないじゃないか! く戻ってこい、これは命令だ!』
背から、義母のかすれた叫び声が混ざっていた。 ――よし子さん! お茶! お茶ちょうだい!
命令すれば戻るとっている。 まだ、自分が支配する側にっていると信じ込んでいるのだ。
私はメッセージをすべて消し、そのまま通話履歴の最段にあった息子の名を押した。
コール音が度鳴るか鳴らないかのうちに、荒い息遣いとともに話がつながった。
『母さん! やっとた……! 体どういうことなんだよ!』
健の切迫した声だった。
『親父から話があって、母さんが突然蒸発したって騒ぎしてるんだ! ばあちゃんのオムツも替えてないし、朝飯もわせてないって!』
「蒸発ではありません」
私はく、落ち着いた声で返した。
「昨夜、お父さんから『これからは別々に暮らしたい。
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すぐにていけ』と言われたのよ。男に言はないとおっしゃったから、望み通りにてきただけです」
受話器の向こうが瞬で静まり返った。
『……は? 親父がそんなこと言ったのか?』
「ええ。だからもう、あのには戻りません」
『で、でもさ! ばあちゃんの介護はどうするんだよ! 親父じゃオムツの替え方どころか、ご飯の温め方だってらないんだぞ!』
「それは、お父さんが自分で考えるべきことです」
『母さん!』
「健、あなたももう歳でしょう。お父さんが困っているなら、実の息子であるあなたが伝いにきなさい。私はもう、あのの政婦でも介護士でもありません」
『俺だって仕事があるんだよ! 平の昼に実に張り付いてられるわけないだろ!』
受話器越しにぶつけられる息子の苛ちは、これまで私に向けられてきた甘えそのものだった。 母親がをにして耐えていれば、族の平穏は勝に維持される。 そうやって夫の横暴から目を背け、共犯者として平穏を享受してきたのが健だった。
「自分ので考えなさい」
そう告げて、私は通話を切った。
夜のを回った頃だった。 しく買ったさな布団に入り、目を閉じた瞬に、元のスマートフォンがく震えた。
健からのLINEだった。
画面をくと、枚の画像が送信されていた。
ルーズリーフを撮した写真だった。
そこには、器用で震えるような文字で、びっしりとがき込まれていた。