"50年耐えた私が、息子の嫁に「一番怖かった」と言われた夜" 第1話
「これからは、おと別々に暮らしたいんだ」
赤飯の湯気がちのぼる卓の向こうで、夫の志が言った。
湯呑みを置くこともせず、まるでの気をにするような、平坦でえ切った声だった。
今が婚式だと、このは覚えているのだろうか。 朝くから豆の渋を抜き、もち米を蒸かしてえた朱塗りの箱。 の節目を祝うために用した卓のに、夫は町内会で配られたバス旅のパンフレットを無造作に放りした。
「別々にって、どういうことですか」
声の震えを、喉の奥で噛み殺した。
夫は窓のへ線を投げたまま、億劫そうに唇を歪める。
「言葉通りのだよ。俺ももうだ。残りのくらい、誰にも気兼ねせず自由に暮らしたい」
「気兼ね……?」
「おの顔を毎見ながら、段取りに指図されて暮らすのはもううんざりなんだよ」
夫は箸を取ろうともせず、吐き捨てるように言った。
「俺が稼いだで建てただ。おが主面しているのが昔から気に入らなかった。どこか適当な古いアパートでも借りて、で暮らせ」
……は? 目のが真っ暗になるよりも先に、胃の底に氷の塊を落とされたような覚があった。
胸を突いたのはしみではない。 異様なまでの、徹な静寂だった。
奥のから、義母の乾いた咳払いが聞こえる。
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歳、介護4。 朝の清拭、オムツの交換、度の事の介助、薬の管理。 そのすべてをで担ってきた私の労苦など、夫のには片もしていない。 このは度として、実の母親の排泄物に触れたことすらないのだ。
「本気で言っているのね」
「当たりだ。男に言はない。からでも構わん。さっさと荷物をまとめてていけ」
夫はそう言い残し、赤飯には指本触れずにちがると、自へ引きこもった。 乱暴に引き戸が閉まる乾いた音が、静まり返ったに響き渡る。
私はめゆく赤飯を、ただ見つめていた。
泣く気など、起きなかった。 というが、元から音をてて崩れ落ちていく。 けれど崩れた瓦礫のから現れたのは、絶望ではなく、驚くほど澄み切った覚悟だった。
「俺が稼いだで建てた、ね」
さく呟きながら、私は茶碗を流し台へ運んだ。
台所の吊り戸棚の奥から、使い古した茶の革張り帳を取りす。 そこには、このに関するすべての記録が並んでいる。 固定資産税の納税証、義母の介護保険の利用計画、庫の軽自の検証、そして法務局で交付された登記事項証。
夫は自営業の主としてで威張り散らすだけで、実務など何つらない。 税の引き落とし座も、公共料の名義も、すべて私が管理してきた。
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私は夫の部のにち、く通る声で告げた。
「あなたの望み通りにします」
部の奥から、馬鹿にしたような笑いが返ってきた。
「そうしろ。話がくて助かるよ」
それ以、言葉を交わす必はなかった。
自に入り、押し入れの奥から型のスーツケースを引っ張りす。 持っていくものは驚くほどなかった。 着替えが数着、元護師としての資格証、預通帳、実印、そしてあの革帳。 夫が買い与えてくれた贅沢品など、最初からこの部にはつもなかった。
机のに、枚のい封筒を置く。 に入れたのは、以のデイサービスの連絡先と、役所の担当窓覧だ。
の空がみ始めるまでの数、私は横にならなかった。 ただじっと、夜がけるのを待った。
午、階から義母の呼び鈴が鳴り響いた。 いつもなら私がび起き、オムツを替え、朝の噌汁を温める図だ。
私は、ちがらなかった。
呼び鈴は度、度と鳴り続け、やがて苛った音が廊を軋ませてづいてくる。 夫が目を擦りながら、襖を乱暴にけた。
「おい、母さんの呼び鈴が鳴ってるぞ。いつまで寝てるんだ。くオムツ替えて飯を作れ」
コートを着込み、スーツケースの取っを握ってっている私を見て、夫は絶句した。
「昨夜、お話しした通りです」
声のトーンをつもげず、告げる。
「これからは別々に暮らしたいという、あなたの望みを受け入れました。