"年収2000万円の夫、その創業史に私の名前はなかった" 第14話
夫の喉が、ヒュッと鳴る。
「そして今、あなたは私のこれからのき方まで、自分の柄で用して施そうとしているの?」
夫の顔から、再び表が消えった。
「彩……俺は、ただ……」
「私ののハンドルを、度とに握らせるつもりはないわ」
私は夫の首をした。夫のスマートフォンが、力なく助席のシートへと滑り落ちる。
信号が青に変わった。はすでにがり、フロントガラスの向こうには、夜の濡れたが本、まっすぐに伸びていた。
マンションの駐にを滑り込ませ、エンジンを切った瞬、内は完全なに包まれた。
シートベルトをす属音が、やけにく響く。
「彩」
運転席で、夫がシートにく沈み込んだまま呟いた。
「俺、からどうすればいい……?」
その声には、りも誤魔化しもなかった。ただ、着慣れていた「の黒柱」という鎧を剥ぎ取られ、寒さに震える子どものような無防備さだけがあった。
私は助席のドアをけ、たいコンクリートのにをろした。
「境界線を引き直すのよ」
「境界線……?」
「夫と妻。会社の役員と創業株主。そして、美緒の親。ごちゃ混ぜにして甘えていたものを、全部切り分けるの」
夫はハンドルを握り直したまま、何も答えなかった。私は度も振り返らず、エレベーターへと向かった。
翌週の曜。
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リビングには、美緒と私のの回り品を詰めた段ボール箱がつ並んでいた。
自宅からで分ほどの距にある、さな賃貸マンション。美緒の学区を変えずに通える範囲で、私が自分で探して契約した部だ。敷も礼も、自分の個座にプールされていた株式配当から支払った。
夫は休暇を取り、無言で荷物をへ運び込んでいた。
「これだけで、本当にりるのか?」
夫が段ボールをトランクに積みながら、そうに尋ねてくる。
「分よ。りないものがあれば、休に取りに来るわ」
「彩……これは、婚を提にしたものなのか」
夫の瞳が揺れていた。以の夫なら「勝な真似をするな」「世体が悪い」と声を荒らげていたはずだ。けれど今の夫は、私が差しした契約や通帳をに、力なくち尽くすことしかできない。
「ヶの、却期よ」
私は夫の目をまっすぐに見据えた。
「あなたが族ので何と言おうと、会社でどんな処分を受けようと、私のがチャラになるわけじゃない。私には、あなたと対等な距を測り直すが必なの」
「……分かってる」
夫はく、く頷いた。
「会社の仕事は、今まで通り誠誠やる。でも、母さんや親戚への対応はおに切振らない。俺のから、全部落としをつける」
「ええ。頼むわ」
私がそう告げると、美緒がさなリュックを背負って玄関へ現れた。
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「パパ、ってくるね」
美緒の声には、以のような怯えはなかった。母親が自分のでち、しい部へ向かう姿を見て、この子なりに現実を受け止めていた。
「ああ。週末、また顔を見にくからな」
夫は美緒のにそっとを伸ばしたが、途で躊躇うように止め、そのままくをげた。その背は、収千万円の役員という肩きとは裏腹に、驚くほどさく見えた。
しい部での活は、静寂そのものだった。
朝、美緒を笑顔で学へ送りしたあと、私は自のデスクに向かう。ノートパソコンをき、域の企業診断士が主催する「品企画・規模事業ちげ講座」のシラバスを読み込んでいた。
受講料の振り込みを済ませたその夜、美緒の面会を兼ねて夫が部を訪ねてきた。
夫はリビングのテーブルに置かれた受講案内のパンフレットに目を留めると、反射にスマートフォンを取りした。
「彩、これ……品の企画講座か? 俺、この団体の理事をってるんだ。連絡して、番いい席を優遇してもらおうか?」
悪気のない、純粋な親切。けれど、その無自覚な傲さが、かつて私のを奪ったのだ。
私はハーブティーのカップを置き、静かに首を横に振った。
「ありがとう。でも、まずは自分で調べてみたいの」
夫のが、宙で止まった。
「……あ」
何かに気づいたように、夫の顔が張る。「その方がい」「俺に任せろ」とからかかった言葉を、夫は喉の奥で必にみ込んだ。