"年収2000万円の夫、その創業史に私の名前はなかった" 第11話
私のく澄んだ問いに、夫の呼吸が止まった。
私はファイルから、もう枚の類を取りした。の取締役会議事録の写し。奥田社の承認印の横に、夫が独断で押した決済印が並ぶ公式記録。
「当、現のリーダーとしてのちげを担っていた私に対し、会社から正式な就労支援特例案が提示されていました。それを『本辞退』と虚偽の報告で握り潰したのは、どこの誰ですか」
役員たちのややかな線が、斉に夫へと突き刺さる。
「彩、それは……社内規定の範囲内で……!」
「いいえ。これは現の功績を私物化し、特定の役員を英雄するための図な改ざんです」
私は夫に個なを切向けず、経営陣全員を見渡した。
「この記映像を部の取引先や株主に公すればどうなるか、お分かりですか。初期の現をる古参の従業員や取引先から『創業の歴史を偽造したワンマンの宣伝物』と告発された、この会社のコンプライアンスはどう評価されますか」
夫の喉から、ヒュウ、と掠れた空気が漏れた。私な夫婦の諍いなど、このには持ち込まない。突きつけるのは、企業としての致命なガバナンス全と、PR事故の現実なリスクだけだ。
「株主として、この記映像の映、ならびに記誌の印刷・配布の即差し止めを求します。
広告
虚偽の個崇拝を社内に発信することは、会社に対する背任為になりません」
静まり返った内で、奥田社がゆっくりと子からちがった。社の線は、もはや夫を顧だにしていなかった。
「……試写会は止だ。広報が提したこの構成案は、全面に破棄する」
「社……!」
夫がすがるような声をげたが、奥田社はたく言い放った。
「直、おは広報の担当役員からす。社史の編纂は、恵をリーダーとして、創業当の客観事実に基づき、部の監査を入れて最初からやり直せ」
会議の扉がかれ、社員たちが逃げるように退していく。夫はそのに崩れ落ちるように子へ座り込み、両でを抱えていた。
私はブリーフケースの留めを鳴らし、振り返ることもなく、会議をにした。
だが、これで終わりではなかった。
曜の午。のたいが、アスファルトを黒く濡らしていた。
夫の運転するセダンの内は、息が詰まるほどの沈黙に支配されていた。美緒は自宅に残し、所にむ私の友ので預かってもらっている。あの醜悪なに、娘を連れていくわけにはいかなかった。
義母から、曜の夜に届いたいメッセージ。『曜の午1、実に顔をしなさい。親戚全員に、あなたのから謝罪させます』
夫はハンドルを握りしめたまま、度も私と目をわせようとしない。
広告
の甲には、青い血管が浮きていた。
「……彩」
赤信号でが止まったとき、夫が掠れた声で呟いた。
「母さんには……俺から話す。おは、何も言わなくていい」
「あなたが話す?」
私は助席から、窓のを流れる粒を見つめたまま返した。
「曜にあれだけの恥をかいても、まだお義母さんのでは『優しい息子』の顔を守りたいの?」
「違う! そうじゃない!」
夫はハンドルを叩いた。フロントガラスが激しくを弾いている。
「俺が……俺ので言わなきゃいけないんだ。母さんに、俺がどれだけ卑怯な嘘をついてきたか……」
その横顔には、かつてのような尊な余裕は微もなかった。ただ、自分の積みげてきた虚栄のが跡形もなく崩れ落ち、逃げを完全に失ったの、追いつめられた怯えだけがあった。
義母のむ実のにをめ、インターホンを押す。
ドアをけたのは、義妹の理恵だった。理恵は酷く怯えたような表で私を見つめ、声もせずに私たちをリビングへと招き入れた。
リビングのソファーには、義母が腕を組み、仁王ちにい姿勢で待ち構えていた。その周囲には、先の事会にいた叔父や叔母の姿もある。全員が気まずそうにを縮めていたが、義母の目だけは、獲物を狙う鷹のようにギラギラと濁ったを放っていた。
「わざわざ呼びされて、どういうつもりか分かってるんでしょうね、彩さん」