"年収2000万円の夫、その創業史に私の名前はなかった" 第5話
。
喉の奥から、たい笑いが込みげてくる。
妻を守るため?苦労をかけないため?すべて、会社と私を欺くための周到な言い訳だったのだ。
あのはただ、庭の雑務をすべて私に背負わせ、自分が「偉な黒柱」として君臨し続けるために、公な続きを使って私のを塞いだ。そして今、その事実すら歴史から消しり、完全無欠の神話を作りげようとしている。
私はPDFを閉じ、スマートフォンを胸元に引き寄せた。
臓の鼓は、もう乱れていなかった。静かで、研ぎ澄まされた徹な拍。
――いいわ、直。 あなたがそこまでして守りたかったそのピカピカの「成功物語」、 私が、私ので、最初から最まで正しくき直してあげる。
夜けのリビングは、青黒いに沈んでいた。
ソファで横たわる夫の寝息だけが、く規則に響いている。
私はスマートフォンに届いたPDFを、自のプリンターで黒のコピー用に吐きさせた。かすかなトナーの匂い。の温度。A4の用に並ぶ活字は、8の私がどれほど都よく切り捨てられたかを、容赦ない客観性で証していた。
『運営統括責任者・黒瀬彩氏に対する就労支援特例措置』『本希望により辞退・撤回』その横に記された、見慣れた夫の署名。
私はそのをつ折りにし、リビングのガラステーブルのに置いた。
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えた緑茶のグラスのすぐ隣に。
午6半。美緒が起きてくるに、夫がい体を起こした。酒残りの濁った目で顔をしかめ、テーブルののグラスにを伸ばす。
その指先が、に触れた。
「……なんだこれ」
独り言のように呟きながら、夫は無造作にを広げた。
わずか数秒で、夫の喉が凍りつくのが分かった。グラスを持ったが、刻みに震え始める。喉仏がし、寝起きの赤ら顔から、急速に血の気が引いていく。
「彩……これ、どこで……」
夫は掠れた声を絞りし、キッチンカウンターにつ私を振り返った。
私はまな板ので、美緒の弁当用の卵焼きを巻くを止めない。包丁がトン、と乾いた音をてる。
「恵さんから送ってもらったわ」
「な……なんであいつがこんなものを……」
「20周誌の過ログを理していて、見つけたそうよ」
夫は勢いよくちがろうとして、をもつれさせ、ソファに腰を落とした。を持つが、目に見えて張っている。
「違う、彩、これは……」
「何が違うの?」
私は包丁を置き、夫の正面に歩み寄った。
「奥田社が介護とシッターの全額負担を提案してくれていたこと? 私にの統括責任者の席が用されていたこと? それとも、あなたが私の名を使って、本に無断でそれを握り潰したこと?」
夫の線が、、壁、テーブルのを狂ったように泳ぐ。
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「……あのは、混乱してたんだ」
夫は言い訳を探すように、両でを抱え込んだ。
「父さんが倒れて、美緒もまだ2歳で、母さんもパニックになってただろ? 会社もで番事な期だった。彩にあの現を背負わせたら、絶対にパンクするとったんだよ。俺はおを守ろうとして……!」
「守る?」
喉の奥から、乾いた息が漏れた。
「守るために、選択肢を隠したの? 『会社が支援してくれるけど、どうする?』って、どうして度も聞かなかったの?」
「聞いたら、おは無理して『やる』って言ったに決まってる!」
夫が声を荒らげた。その瞳の奥にあるのは、罪悪ではない。自分の嘘を正当化しようとする、醜い自己防だ。
「彩は真面目すぎるんだよ。頼まれたら断れない性格だろ? だから俺がをかぶって、悪者になって断ったんじゃないか。おを楽にさせてやりたかったんだ!」
「私を楽にさせたかった?」
私は歩、夫にづいた。逃げを塞ぐように、その目をまっすぐに見据える。
「違うわよね、直」
夫の肩が、びくりとねる。
「あなたが守りたかったのは、私の体調じゃない。庭の雑事をすべて妻に丸投げして、自分だけが仕事に没できる環境よ」
「そんなこと……!」
「私がの責任者になって役員に名を連ねたら、あなたと同じ俵につことになる。ので『稼ぎの黒柱』として威張れなくなる。
お義母さんので『俺がを養っている』という顔ができなくなる。そうでしょ?」
夫の唇が、刻みに震えた。