"年収2000万円の夫、その創業史に私の名前はなかった" 第3話
「でも美緒、ってるよ。ママがいつも会社のお惣菜の見をして、ノートにいっぱい数字いてるの。パパが『彩の言う通りに直したら現が助かった』って言ってた夜もあった」
美緒はまっすぐな瞳で、私を見つめた。
「ママ、昨の写真……パパと同じ靴履いて、番きな鍋を洗ってたの、ママだよね?」
「……ええ、そうよ」
「じゃあ、どうして?」
美緒が取りしたのは、先週夫が嬉しそうに持ち帰ってきた、会社の創20周記のパンフレットだった。
沢のある質な表には、の箔押しでタイトルが刻まれている。 『さな厨から全国へ――の優秀な経営者の奮闘史』
をけば、若い頃の夫。 くなったお義父さん。 現社の奥田さん。 最設備のったの写真。
夫が歩んできた「輝かしい歴史」が、美辞麗句とともに並んでいる。
けれど、どこを探しても。 最初から最まで、20ページの冊子のどこをめくっても。 『黒瀬 彩』という名は、文字もしなかった。
「どうしてパパの記誌に、ママがいないの?」
10歳の娘の、澄み切った問い。 何の悪も計算もない、純粋な疑問が、私の喉の奥を締めつける。
「ママも緒に会社を作ったのに……どうして、パパだけの物語になってるの?」
私は美緒のに膝をつき、そのさな肩を抱きしめた。
「美緒、聞いて」
「うん」
「パパが懸命働いて、会社をきくしたのは本当のことよ。
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それは素らしいこと。でもね……ママが何もしていなかったわけじゃないの」
「うん、ってる」
「誰かが自分の都のいいように物語をき換えても、ママがきてきた事実は消えない。美緒がその写真を見て、ママのいた所を見つけてくれただけで、ママはすごく嬉しい」
美緒は私の胸に顔を埋め、さく頷いた。
「美緒、インタビュー、ママのこときたい」
「パパじゃなくていいの?」
「うん。だって、パパのすごいところはテレビやパンフレットに全部いてあるもん。美緒は、誰もいてくれない、ママの本当の仕事がりたい」
娘の温かい体温をじながら、私はく誓っていた。 もう度と、この子ので「何も持たない無力な母親」のふりをするのはやめよう。 世体のためでも、夫のプライドを守るためでもなく、私自の尊厳のために。
その夜、計の針が午11半を回った頃だった。
夫はリビングのソファで、のように眠り込んでいた。 会社関係の会で浴びるように酒をんできたらしく、甘ったるいアルコールの匂いが漂っている。
ダイニングテーブルでめたハーブティーをに運んでいた私のスマートフォンが、く震えた。
画面に表示された名に、眉がく。
『林 恵』
創業初期、まだプレハブ同然だった事務所で、緒に伝票理や受発注をこなしていた古い仲だ。
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今は本社の経営企画で、20周記事業のプロジェクトチームに名を連ねているはずだった。
業務連絡以の用件で、こんな夜に連絡が来ることなど、ここ数度もない。
私は夫を起こさないよう音を忍ばせ、ベランダへ続く窓際へ移した。 通話ボタンをスワイプし、端末をに当てる。
「もしもし、恵さん? こんなにどうしたの」
『……夜分に突然ごめんなさい、彩さん』
話の恵さんの声は、ひどく緊張していた。 周囲の雑音はない。自宅からかけているようだ。
『寝てたら申し訳ないとったんだけど……どうしても、今に彩さんのに入れておかなきゃいけないとって』
「何があったの?」
『記事業のことで、いま社史の編纂と記映像の最終編集をやってるのね。それで……昔のの議事録とか、取締役会の過データを全部引っ張りしてアーカイブ化してるの』
嫌な予が、背筋をすっと駆けがった。 私は元のカーテンを握りしめる。
『彩さん、先週配られた記誌の初稿、見た?』
「ええ。直が持って帰ってきたわ」
『……酷いわよね。古株のたちも裏でってたわよ。まるで直さんがをかぶって、ゼロから会社をちげたみたいな編集になってる。彩さんのが、完全に最初からいなかったことにされてる』
「広報のトップは直だもの。
自分の見栄えがいいように指示をしたんでしょうね」