"孤児の私に、婚約者が買い与えた「偽物の両親」" 第12話
く、息を吸い込む。
胸の奥の澱みが、綺麗に削ぎ落とされていくような覚だった。
コートのポケットので、スマートフォンがく震えた。
画面を見る。
文恵先からのメッセージだった。
『美咲さん、今夜うちにいらっしゃい。筑煮をたくさん炊いたから、温かいご飯をべましょう』
画面の文字が、ふっと歪んだ。
涙が零れそうになったけれど、今度のそれは、惨めさからくるものではなかった。
私は涙をの甲で拭い、顔をげた。
駅へ向かう取りは、驚くほど軽かった。
料亭での断罪から、週が経った。
平の午。
私はを使い、の窓で名義変更と座解約の続きを終えたところだった。
通帳の最終。
差し引かれた印字が並び、残は正確に『0円』と記されていた。
無断で引きされていた万円は、通告期限の最終、神旬の個座から利息分を乗せすることもなく、ただ械に振り込まれていた。
弁護士をてるの、内容証郵便の文面を見ただけで、あの男はあっさりとを返還したのだ。
式のキャンセル料、百万円。
それもすべて、契約名義である旬が括で支払ったという通が、今朝プランナーから届いていた。
私の元には、円の当な負債も残っていない。
カバンに通帳をしまい、の自ドアをる。
広告
初のえ切ったが、コートの襟元をすり抜けた。
「……美咲」
植え込みのから、掠れた声がした。
びくりともしなかった。
そこに誰がっているか、声の湿り気だけで分かっていたからだ。
旬だった。
わずか半会わなかっただけで、あの男は別のように痩せこけていた。
アイロンの当たっていないヨレた襟元、剃り残しの目つ顎、目のに張り付いたどす黒い隈。
かつて私が「誠実で穏やか」だと錯覚していた面は、どこにもなかった。
「話があるんだ。分でいい、頼むから」
旬は両をわせ、すがるように歩踏みしてきた。
私はを止めず、歩へ向かって歩幅を広げた。
「話すことは何もないわ。法な清算はすべて終わったはずよ」
「待ってくれよ! 頼むから!」
旬はりで回り込み、私のくを塞いだ。
通の線が集まる。
だが、今の私には、周囲の線など痛くも痒くもなかった。
「これ、受け取ってほしいんだ」
旬が震えるで差ししてきたのは、い封筒だった。
表面には、々しい跡で『美咲へ』とかれている。
指先で触れなくても分かるほど、みがあった。
「反省文……だよ。俺がどれだけ愚かだったか、全部いた。母さんとは、もう度と会わない。実とも縁を切るつもりなんだ」
「……縁を切る?」
私のたい声に、旬はあからさまに表をるくした。
広告
まだ交渉の余があるとい込んでいる顔だった。
「そうだよ! 俺、ずっと母さんに縛られてきてきたんだ。あのの顔ばかり窺って、逆らえなくて……でも、美咲を失って初めて目が覚めた。俺が悪かったんだ。おを盾にして、自分のさから逃げてただけだったんだよ」
息をつくもなく、言葉をまくしてる。
「全部やり直したい。式なんて挙げなくていい。誰にも言わずに、だけでくへ引っ越そう。俺、美咲の過も、施設にいたことも、全部受け止めるから……!」
全部受け止める。
その言を聞いた瞬、私の胃の底から、たい笑いがこみげてきた。
「旬さん」
私の呼びかけに、男の息が止まった。
「受け止めるって、何? あなたは体、何をから目線で許そうとしているの?」
「え……?」
「私のいちは、あなたに『受け止めてもらう』ような汚点じゃない」
私はを受け取ることなく、ポケットにを突っ込んだまま、男の目を射抜いた。
「両親をくしたことも、施設で育ったことも、私の誇りあるの部よ。それを勝に恥と決めつけ、ので消しろうとしたのは、あなたとあなたのお母さんでしょう」
「だ、だから、それは母さんの言に引きずられて――」
「責任を母親に押し付けるのはやめなさい」
鋭く遮った。
旬の肩が、さくねる。
「私の尊厳を切り売りして、自分の体面を守ろうとしたのは、の誰でもないあなたよ。
私をしていたんじゃない。自分のの台装置として、都のいい妻が欲しかっただけ」