"5万人が称賛する義母の、悪嫁は私だった" 第2話
母親の自覚がりないんじゃないですか』『お義母さんの体が配です。無理なさらないでくださいね』
何千もの見らぬが、を極めて「お嫁さん」を罵倒していた。その悪の矛先が、すべて私に向けられている。
指先が凍りついたようにかない。臓が肋骨を突き破りそうなほど、激しく打ち鳴らされる。
このアカウントの主は、佐佐文子。私の、義母だ。
週に、「伝ってあげる」と鍵でがり込んできては、私の抱き方を「首が苦しそう」と否定し、母乳がにくい体質を「母親の努力」となじってきた義母。
そのが、ネットのでは「過酷な環境で孫を守る聖母」として称賛を浴びていた。そして私は、顔も名も隠されたまま、「謝もせず怠惰を貪る悪妻」に仕てげられていたのだ。
眩暈がして、スマートフォンの角を握りしめる。その、過の投稿覧のなかに、見覚えのあるピンクのマークが目にび込んできた。
いいねボタンが、赤く点灯している。
私の個アカウントから、ハートが押されていた。
付は、ちょうどヶ。
嘘でしょう……?
息が止まった。私、この投稿を、っている。
ヶのあのも、今と同じようにがっていた。
夜。乳腺炎で胸が赤く腫れがり、触れるだけで激痛がるなか、私はで搾乳を握りしめていた。
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眠で朦朧とするを覚させるためだけに、すがるようにいたSNS。
タイムラインに流れてきたのが、その投稿だった。
《夜泣きに追われる全国のお母さん、今夜もお疲れ様です。若いお母さんが音を吐くのは、それだけ命と真剣に向きっている証拠。至らないところがあってもいいのよ。私たちの世代が、しせずにそっとを差し伸べればいいだけなんだから》
暗い部で、画面の文字が滲んで見えなくなったのを覚えている。誰も私の頑張りを認めてくれないなかで、その言葉だけが、乾ききったスポンジに染み込むのように温かかった。
なんて素敵なだろう。こんなお母さんに支えられている族は、どれほど救われているだろう。
私は震える指でいいねを押し、まれて初めて見らぬアカウントにコメントを残したのだ。
『こんなお義母さんがいたら、お嫁さんは本当に幸せでしょうね』
……あのの私を、殺してやりたい。
スマホの画面を睨みつけながら、私は奥歯をく噛みしめた。私の搾りすような謝の言葉に、義母はどんな顔で返信を打ったのか。
《嬉しいお言葉をありがとうございます。私のいが、いつかあの子にも届くと信じていますね》
吐き気がした。胃液が喉までせりがってくる。
茶番だ。最初から、すべてが作り物の劇だったのだ。
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私は過の投稿を、最初期まで気に遡った。
最初は、ただののない孫自だった。まれたばかりのの写真、「おばあちゃんになりました」というい呟き。だが、あるを境に文体が変していた。
双子のヶ目。義母が「嫁がをしたというので助けに来ました」と投稿しただ。
その、義母のフォロワーは気に百増え、コメントが百件以ついた。『優しい!』『できたお姑さん!』という賞賛の嵐。そこでを占めたのだ。
孫のさだけでは、は集まらない。だがそこに「至らない悪嫁」と「それに耐えて尽くす健気な祖母」という対構図を持ち込めば、数字は爆発にねがる。
私の育児ノートを引っ張りし、投稿の付と照らしわせる。
の投稿。《嫁が『午はずっと寝ていたい』と言うので、私がで双を見ました。若いくせに体力がなさすぎて呆れます》
育児ノートの記録。。【美紀、乳腺炎悪化のため・度の発。助産師の指示で抗剤用、絶対静。義母が滞】
しかいなかった。しかも「くらいでげさね」と嫌を散々吐き散らかし、夕飯の片付けすら私にやらせて帰っていったのだ。それを、ネットでは「午ずっとで面倒を見た」とき換えている。
の投稿。
《母親の都で完ミ(完全ミルク)に移するそうです。母乳をあげる努力すら放棄するなんて、母親としてのを疑ってしまいますね》