みかん小説
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"もう私を「お母さん」と呼ばないで" 第9話

同封されていたのは、真由美さんの遺品から見つかったという、枚のさなメモのコピーだった。

処方箋の裏に、震える鉛の文字でかれた、い文。

『拓也が今、で靴紐を結べた。えらかったね』

それだけだった。誰かをむ言葉も、許す言葉も、そこにはなかった。ただ、をもれぬ命ので、息子の成をき留めた、名もなき母親の常の欠片。

には、拓也の字でこう添えられていた。

『母さんは、ただ俺の母親だった。それ以でも、それ以でもなかった』

私はそのメモの文字を、指先で静かになぞった。真由美さんの残した体温が、のを超えて、私のえ切った指先に触れたような気がした。

季節はに過ぎ、枯らしが吹き始めた。

私の歳の誕がやってきた。

毎、玄関先に届いていたきな束は、今は届かなかった。夜のを過ぎても、スマートフォンの画面は暗いまま、度も震えなかった。

台所で、めた噌汁を啜る。部のには、計の秒針の音だけが響いている。

私はちがり、玄関のかりを消した。い遮カーテンを引き、のたいを遮断する。

誰もいない暗がりのに、で腰をろした。

痛烈な孤独だった。だが、その孤独は、これまでにまとってきたどの偽りの温もりよりも、たく、清らかだった。

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の寒さが底を打ち、務の職が根の葺き替えを終えたのは、がけたの初めだった。

しい瓦の油の匂いと、削られた杉材の乾いた匂い。放置していた漏りの染みは、井板を張り替えたことで綺麗に消えった。

かかった費用は、私の雀の涙のような預のほとんどを吹きばした。だが、通帳に印字された残りない残を見つめたとき、胸の奥を満たしたのは惨めさではなく、徹なまでの清々しさだった。

自分のでち、自分の始末を自分でつける。私はもう、誰かの母親という免罪符にすがってきる老ではなかった。

居の棚から、拓也が載っている学の広報誌や学会のパンフレットをすべて片付けた。スマートフォンのブラウザに登録していた学の教員紹介ページも、指先つで消した。

私は、拓也の母親であることを辞めたのだ。ならば、息子の名声や業績を誇らしげに眺める権利も、当然のように放さなければならない。

所の園芸で、の寒さに耐えるパンジーとスイートピーのさな苗をいくつか買ってきた。拓也が図面に描いていたような、瀟洒な壇ではない。当たりの悪い側の庭の隅をさなスコップで耕し、黒を混ぜ、自分のでつひとつ苗を植え付けた。

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にまみれた指先のかじかみに息を吹きかけながら、の触を確かめる。誰のためでもない、私自のためのだった。

に入り、季節れの激しいの嵐がを襲った夜だった。

脚は窓ガラスを激しく叩き、突がトタンの庇をガタガタと揺らしていた。夜のを回った頃、葺き替えたはずの根の継ぎ目から、ポタリ、と鈍い音が響いた。

台所の流しの脇、古い柱の隙から、わずかなが滴り落ちていた。本事のの、副の緩みだろう。私はため息をつき、雑巾を敷いて洗面器を置いた。

拓也に連絡しようなどとは、微もわなかった。、夜がけたら務に話を本入れれば済む話だ。

急須にお茶を淹れ、湯呑みを両で包み込んでいたそのだった。

ピンポーン。

嵐の音を切り裂いて、玄関のチャイムが鳴り響いた。

臓がねがった。こんな夜に、誰が。

聞受けの隙から覗き込むと、除けの暗がりのに、見覚えのあるのがっていた。傘をすぼめ、濡れたコートの襟をてた男。

拓也だった。

鍵をけ、引き戸を細く引く。たいの匂いと湿った夜気が、気にへ流れ込んできた。

「……拓也?」

拓也は息を切らし、元にきな青い防シートと、太い養テープの束を抱えていた。髪は額に張り付き、鏡のレンズには無数の滴が散っている。

「先週、くの資料館に来たとき、表の庇のトタンがし浮いてるのが見えたんだ」

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