"もう私を「お母さん」と呼ばないで" 第6話
「……申し訳、ありません」
「謝らないで。虫唾がるわ」
恵子さんはバッグから煙を取りし、細い指でをつけた。煙がのに漂い、界をかすませる。
「姉がくなるの数ヶ、どんな状態だったかってる? 骨髄抑制で髪が抜け落ちて、が度からがらなくて、氷嚢を取り替える私のを握りながら、何度も言っていたのよ」
煙のが、トレイに落ちた。
「『あの女に、拓也を奪われるを見る』って」
胃の腑を、素で握りつぶされたような激痛がった。呼吸が浅くなり、胸元を掻きむしりたくなる。
「正彦さんは、毎遅くに帰ってきた。仕事だと嘘をついて、あなたと会っていたガソリンスタンドの領収を、姉はパジャマのポケットに隠していたのよ。……問い詰める気力も残っていなかった。ただ、歳の子を残してんでいく恐怖ので、夫が別の女の体温に逃げ込んでいる現実を、あのは病の井を見つめながらで耐えていたの」
「……」
「あなたがやったことはね、ただの倫じゃないのよ。にゆくから、最の尊厳と、族としてのを奪い取ったの」
言も、言い返せなかった。恵子さんの言葉は、すべて事実だった。
「私はね、あなたが正彦さんと再婚したとき、包丁を持って乗り込もうとしたわよ」
恵子さんの声が、初めて微かに震えた。
広告
「でも、できなかった。……拓也がね、歳になったばかりの拓也が、私に聞いたの。『叔母ちゃん、僕にしいお母さんができたら、国のお母さんはしむかな』って」
喉の奥から、乾いた息が漏れた。
「あの子はね、子どもに分かっていたのよ。自分がしい母親を受け入れなければ、父親がまた壊れてしまうって。族がバラバラになってしまうって。……あの子は、父親のために、そして自分自がき延びるために、必であなたを『お母さん』と呼ぶを選んだの」
恵子さんは煙のを消し、めきった珈琲をんだ。
「だから私は、黙っていた。姉の無を腹の底にみ込んで、あの子のでは何も言わなかった。あなたが必でにまみれて働いて、あの子を学までしたことも、の噂で聞いていたわ。……そこだけは、認めてあげてもいいとってた」
「恵子さん……私は……」
私は顔をげた。涙で界が滲んでいたが、逃げてはならないとった。
「私は、拓也をしていました。それは、贖罪のためだけではありませんでした」
恵子さんは、え切った目で私をじっと見つめた。そして、静かに、だが決定な言を落とした。
「ええ、っているわ。あなたが拓也をしていたことくらい、あの子の顔を見ればわかる」
私の臓が、微かにねた。だが、その堵は次の瞬、完全に打ち砕かれた。
広告
「でもね、静子さん。あなたがどれだけ拓也をくしたとしても、それは私の姉を踏みにじった罪とは、全く別の問題なのよ」
背筋が凍りついた。
「したから許される? 派に育てたからチャラになる? そんな都のいい計算が通用するとったら違いよ。あなたのは本物だったかもしれないけれど、その台にあるのは、姉の血と涙なの。……拓也は今、その沼のにたされているのよ」
恵子さんはちがり、伝票を指先で弾いた。コートを羽織り、へ向かって歩きす。
そして、私の横を通り過ぎる瞬、ち止まった。
線すらわさず、横顔のまま、く告げた。
「、拓也はの墓にくわ。姉の回忌をに、で墓参りをするそうよ」
靴音が止まる。
「あの子、言っていたわよ。『もう、あのの顔をどうやって見ればいいのか、わからない』ってね」
カラン、と喫茶のドアベルが鳴り、夜の気が元を撫でた。
テーブルのには、え切って油の浮いた私の珈琲と、拓也が置きりにした真実のみだけが、取り残されていた。
神保町からの帰り、夜が骨の髄までえ切っていた。
古びた平に戻り、居のかりを点ける。畳の隅に積みげられた、褪せた段ボール箱。私は膝をつき、埃を被った蓋をけた。
に入っていたのは、の私の跡だった。
朝清掃のタイムカード、油染みの取れなくなった総菜のエプロン。拓也の学の連絡帳、擦り切れたランドセル、格通。