"百万円を積まれても、他人に戻る" 第11話
「性別、ご主も緒に聞かれますか?」
夫が唾をみ込む音が、静かな部に々しく響いた。
「は、はい……お願いします」
医師は頷き、モニターに映しされたつのさな突起を、迷いなく指差した。
「ほら、ここです。はっきりと見えますね。とも――」
「男の子ですね。とも、はっきりとシンボルが見えますよ」
医師のるい声が、く無質な診察に響き渡った。
その瞬、カーテンの隙からを乗りしていた夫の喉が、引き攣るように鳴った。
「お、男……とも、ですか……?」
「ええ。この突起、つの画面それぞれで綺麗に確認できます。男の子の双子ちゃんで違いありませんね」
医師が穏やかに微笑み、モニターの画面を固定した。
夫は両で顔を覆い、そのに崩れ落ちるようにパイプ子へ倒れ込んだ。
「あ……ああ……よかった……!」
絞りすような、嗚咽。 指の隙から、ぼろぼろと粒の涙が零れ落ちる。
背を激しく波打たせ、まるでの罪から恩赦を受けた罪のように、夫は泣きじゃくっていた。
私は診察台ので、え切った線をその背へ向けた。
涙の理由が、痛いほどわかる。 この男が流しているのは、つの命が無事に育っていたことへのではない。 『跡取りができた』という免罪符をに入れ、あの傲な母親から責めてられる恐怖から解放された堵だ。
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自分の保が叶ったことへの、醜い歓。
「藤原さん、お腹拭きますね」
助産師が温かいタオルでジェルを拭き取ってくれた。 私はを起こし、ワンピースの裾を直した。 腹の奥で、つの命がごにょりといた。
診察をて、暗い会計待ちのロビーへ向かう。 夫は私のろを、りで追いかけてきた。 その顔には、先ほどまでの怯えや卑屈さは微もなかった。 興奮で頬を気させ、潮した瞳をギラギラと輝かせている。
「美咲! 聞いたか!? とも男の子だって!」
夫は私の肩を掴もうとした。 私は半歩退いて、そのを避けた。
「……触らないでって、言ったはずよ」
「あ、ああ、ごめん! でも、男の子だったんだぞ! も!」
夫はで捲してた。
「これで……これで全部解決する! 母さんにすぐらせなきゃ! 母さんだって、これをれば絶対にぶ! 美咲、すぐにに戻ろう!」
ち止まり、私は夫の目を真っ直ぐに見据えた。
「嬉しい?」
「当たりだろ! こんなに嬉しいことないよ!」
「何が嬉しいの?」
私の声のさに、夫の笑みがわずかに引き攣った。
「え……?」
「子供たちが無事だったから? それとも、男の子だったから?」
夫は言葉を詰まらせ、線をに泳がせた。
「そ、それは……どっちもだよ。でも、男の子なら母さんも文句のつけようがないだろ? 婚届のことだって、母さんがをげて謝るはずだ。
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だから――」
「もし」
私は夫の言葉を遮った。
「もし、さっきの画面に映ったのが、の女の子だったら?」
静寂が、ロビーの喧騒のに落ちた。
夫の喉仏が、に激しくく。
「女の子だったら、あなたは今、同じ涙を流して『よかった』ってんだ?」
夫は言も返せなかった。 ただ唇を震わせ、気まずそうに目を逸らす。
答えは、その沈黙が雄弁に物語っていた。
「私のバッグのに、この写真はずっと入っていたのよ」
私はバッグの表面を指先で叩いた。
「あなたが母さんに怯えて私を庇わなかったも、平打ちをらって頬を腫らしたも、ずっとここにあった。でも、私はさなかった」
「な、なんで……? 言ってくれれば、あんなことにならなかったのに!」
「言えば、私は『男を産むための具』として許されるだけだからよ」
夫の顔から、急速に血の気が引いていく。
「葵と結を『役たずの女』として切り捨て、男の子だけを特別扱いするようなに、私の子供をたりとも渡す気はないわ」
「美咲、待ってくれ! 話しおう!」
追いすがろうとする夫を背に、私はタクシーに乗り込んだ。 ドアが閉まる直、窓越しに見えた夫の顔は、に入れたはずの勝利の切符が指の隙から滑り落ちていくのを見つめるような、絶望のに染まっていた。
夫が義母に漏らすことは、最初から計算の内だった。
あの男の浅なを塞ぐことなど、できはしない。
そして、予通りだった。
翌の夕方。 実の古い造平のに、台の級セダンが滑り込んできた。