"娘が義母に叩かれた日、娘婿はケーキで済ませようとした" 第10話
「会うの?」
私が尋ねると、美咲はスマートフォンをテーブルに置いた。
「会うわ。……今夜、終わらせなきゃいけないから」
「でける?」
「うん。これは、私と直の問題だから」
美咲はちがり、コートを羽織った。玄関で見送る私に、娘はさく微笑んで見せた。その笑顔は、の結婚式の朝よりも、ずっとびて、揺るぎないものに見えた。
駅の老舗ホテルのラウンジは、平の夜ということもあり、客はまばらだった。クラシックのピアノ曲が、い井に静かに溶けていく。
奥の席に座っていた直さんは、美咲の姿を見つけるなり、弾かれたようにちがった。数で見違えるほど痩せこけ、目のには濃い隈が張り付いている。だが、その瞳には、縋りつくようなが宿っていた。
「美咲……来てくれたんだな」
美咲は会釈だけを返し、直さんの向かいの席に腰をろした。コートは脱がず、鞄も膝のに置いたままだ。居をする気がないという無言の表示だった。
「顔が良くなったみたいでしたよ。……これ、母さんの荷物があった部の鍵だ」
直さんは、美咲が持っていた自宅の鍵を、丁寧にテーブルの央へ差しした。
「今、母さんを実に連れてった。荷物も全部、赤を使って実に戻したよ。部も掃除した。おの机も……リビングの元の所に戻しておいたから」
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美咲は鍵に触れようとはしなかった。
「そう。お疲れ様でした」
「母さんはってたよ。勘当だって叫んでた。でも、俺は折れなかった。美咲に全部させていた俺が悪かったって、母さんにはっきり言ったんだ」
直さんはのめりになり、美咲の顔を覗き込んだ。その声には、必に自らの功績を誇るのがあった。
「もう母さんがこのに来ることはない。俺がで実に通って、必な世話は全部やる。おには切迷惑をかけない。だから……」
直さんはテーブル越しに、美咲のを握ろうと指を伸ばした。美咲はそのを、わずかに引いてかわした。
直さんのが、空で止まる。
「美咲?」
「直。つだけ聞かせて」
美咲の声は、驚くほど静かで、かった。
「何だよ、何でも聞いてくれ」
「もし、お義母さんが私を殴らなかったら、あなたはお義母さんを帰した?」
直さんの呼吸が止まった。伸ばしかけていたが、ピクリと張る。
「それは……」
「もし私がをず、診断も取らず、弁護士もてなかったら。……あなたは私の言葉を聞いてくれた?」
沈黙が、くのに横たわった。ピアノの音だけが、皮肉なほど優雅に響いている。
直さんは線を彷徨わせ、喉を鳴らした。
「俺は……いつだって美咲のことを考えてたよ。ただ、タイミングが難しくて……」
「違うわ」
美咲は直さんの言い訳を、淡々と切り落とした。
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「あなたは、私が耐え続けているは何もしなかった。私がお義母さんに嫌を言われても、噌汁のを貶されても、私の買った机を納戸に追いやられても、『母さんも寂しいんだ』って笑ってやり過ごした」
「悪かったって! それは本当に反省してる! だから今、全部片付けたんだろ!?」
直さんの声が裏返り、焦燥が剥きしになる。
「俺は変わったんだよ、美咲! 母親と縁を切る覚悟で、おを選んだんだ! これ以、俺にどうしろって言うんだよ!」
美咲は、必に叫ぶ夫の顔を、じっと見つめた。りも、憎しみも、そこにはなかった。ただ、すべてを悟りきった特の、底れない憐のだけが浮かんでいた。
「あなたが変わったことは、分かっているわ」
美咲は言った。その言葉に、直さんの顔が瞬だけパッとるくなった。希望のが、その瞳に宿る。
だが、美咲は続けた。
「でもね、直。あなたが変わったからって、私の気持ちまで元に戻るわけじゃないの」
直さんの表が、凍りついた。
「……え?」
「あなたが母親と戦ってくれたのは、今が初めてよね。でも、私があなたに助けてほしかった夜は、このに何百回もあったの」
美咲の指先が、膝のの鞄を静かに握りしめた。
「お義母さんに『嫁のくせに』って見された、あなたが『美咲のだ』って言ってほしかった。
私の母を『貧乏』って侮辱された、あなたが『母さんにそんなを聞くな』ってってほしかった」