みかん小説
本棚

"娘が義母に叩かれた日、娘婿はケーキで済ませようとした" 第2話

「お母さん、これ」

駄箱のに置かれていた私の古い革の財布を、美咲が差しした。

「ありがとう。……ましょう」

私たちは典子さんを瞥もせず、玄関のいドアをけた。 背から「直に全部言ってやるんだから!」と叫ぶ声が響いたが、乾いた属音がその醜悪な音声を遮断した。

にると、のぬるいが頬を撫でた。

「お母さん、駅のクリニックへく」

美咲がを向いたまま言った。 震えはもう止まっていた。

「ええ。診断をいてもらいましょう。骨に異常がなくても、打撲の客観証拠を残すのよ」

「そのあと、警察の活全課にも寄りたい。被害届はさなくても、今何があったか記録だけは作っておく」

「そうしなさい」

私は娘の横顔を見つめ、静かに息を吐いた。 親が代わりに戦ってやることはできない。 だが、娘が自分ので引いた境界線を、制度という武器で塞に変える助けなら、いくらでもできる。

駅の科クリニックで、当直医に頬の状態を診てもらった。 全治週の顔面打撲。 発された診断のいを、美咲は折らずにファイルへと収めた。 警察署の活全課の窓では、相談員が淡々と美咲の供述を端末に打ち込んでいく。 暴力の、所、加害者の氏名、同居の経緯。

警察署をる頃には、空はすっかり濃紺に染まっていた。

広告

灯のので、美咲の腫れた頬が痛々しくる。

「佐藤から連絡があったわ。部の準備、全部ったそうよ」

タクシーを拾い、指定された央区のサービスアパートメントへと向かった。 私の会社が役員用に期契約している、オートロックがになった堅牢な層マンションのだった。

エレベーターをり、なドアをけると、無質な静寂が私たちを迎えた。 ホテルライクな内には、最限の具と清潔なリネンが揃っている。

美咲は荷物をリビングのローテーブルの脇に置き、部の央でち尽くした。

「……静かね」

「ええ。ここなら誰も鍵を持っていないし、突然鳴り込まれる配もないわ」

「静かすぎて、が痛いくらい」

美咲は窓のの夜景を見つめたまま、独り言のように呟いた。 ヶ、義母の音に怯え、夫の顔を窺い、自分のでありながら息を潜めて暮らしてきたのだ。 体が、暴力のった平穏をすぐには処理しきれずにいた。

所のコンビニで買ったサンドイッチと温かいお茶をテーブルに並べ、私たちは無言でにした。 計の針が午半を回ったその、テーブルので美咲のスマートフォンが激しく振した。

画面に浮かびがったのは、『直』の文字。

美咲の指先が瞬だけ止まった。

広告

私は何も言わず、湯呑みにを添えて娘のきを見守った。

美咲はく息を吐きすと、スピーカー通話のボタンを押した。

「もしもし」

『美咲!? お、今どこにいるんだよ!』

受話器の向こうから、焦燥と苛ちの混ざった直さんの声が部に響き渡った。

『に帰ったら誰もいなくて、母さんがで泣いてるんだぞ! いきなりをていくなんて、体何考えてるんだ!』

美咲は眉つかさず、ややかな声で返した。

「最初に話してきて聞くのが、それなの?」

『……は? 何がだよ』

「お義母さんが私を殴ったこと、聞いていないの?」

話の向こうで、直さんが言葉に詰まる気配がした。 気まずそうに咳払いをし、ごもる。

『あ、ああ……それなら聞いたよ。母さんから全部話してくれた。おが急に今にをてけなんてたいことを言うから、母さんもカッとなって、ついがちゃったって……』

「つい?」

『母さんも悪気配があったわけじゃないんだよ! 父さんがんでまだだし、緒定なところがあるんだ。おだって、もうし言い方を考えればよかったじゃないか!』

直さんの言葉は、ずっと変わらない、あの卑怯な調律を保っていた。 誰の方もしないふりをして、常に傷つけられた側にだけ「」と「反省」をいるやり。

「直。私、今病院から帰ってきたところよ」

『え……病院?』

「診断をもらったわ。顔面打撲。警察の活全課にも相談の記録を残してきた」

受話器の向こうで、直さんが息を呑む音がはっきりと聞こえた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: