"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第10話
「次に、代表取締役である浩司様の処遇についてです」
浩司の喉仏が、ゴクリとした。
「昨付で代表取締役を解任いたしました。今の関わり方については、料理としての技術を考慮し、再雇用という形での現残留を打診する予定でした。……しかし」
黒田は、法務担当者に図を送った。テーブルのに、分いバインダーが置かれる。
「過分の帳簿監査、ならびに昨夜完いたしました売管理座の精査により、な背任為が複数確認されました」
「はいにん……?」
幸子が掠れた声を漏らした。
「私流用、計百万円。加えて、正規の納入業者を介さない透な材の仕入れルート、ならびに舗の売からの現の抜き取り為。これらはすべて、浩司様が単独でわれていた事実が確認されました」
黒田の声には、切の躊躇がなかった。
「これらはな業務横領に該当します。この状況において、あなた様を従業員として雇用することは、コンプライアンス、極めて困難であると判断いたしました」
「待て……!」
浩司がテーブルに両を叩きつけ、を乗りした。
「横領だと!? ふざけるな! あれはを維持するための付きいだ! 仕入れ先の拓や、常連客との関係作りに必な経費だったんだ!」
「帳簿の虚偽記載、および私な宿泊やへの充当が確認されております」
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弁護士が静に遮った。
「替としての返還がない以、正当な経費とは認められません」
「俺を切り捨てる気か!?」
浩司は唾をばし、血った目で黒田を睨みつけた。
「俺がいなきゃ、瀬亭のは守れないんだぞ! 親父の代から続くデミグラスソースの配をっているのは、俺だけだ! 俺を追いせば、客は全員逃げるぞ!」
内を、たい沈黙が支配した。
浩司は、それが自分の「絶対の切り札」だと信じ切っていた。どんなに法な権利を奪われようと、料理の腕とレシピだけは自分ののにある。経営陣は最終に、自分に座して頼み込んでくるはずだ――そう信じて疑っていなかった。
そのれなを打ち砕いたのは、厨の奥にいた本だった。
「浩司」
本が、い取りでテーブルへづいてきた。そのには、褪せた学ノートが握られていた。
「お、先代のレシピを最に自分で仕込んだの、いつだ?」
浩司の表がピキリと固まった。
「な……何を言ってるんだ、本さん」
「ここ、デミグラスのベースを仕込んでたのは俺と、若の佐藤だ。おは昼過ぎにフラフラにてきて、見のふりをしてクリームをすだけだっただろうが」
「本!」
「ノートをいてみろ」
本はノートを浩司の目のに放りした。
「先代がくなった、美緒さんと俺で、先代の舌の覚を全部グラム単位で数値化して記録したレシピだ。
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おが酔いで厨にてなかったも、このを守り続けてきたのは美緒さんと俺たち現のだよ」
本の声には、押し殺してきたりが凝縮されていた。
「おいなくなったところで、瀬亭のはミリも変わらねえよ」
「あ……」
浩司の唇が、刻みに震えた。顔から急速に血の気が引き、気を通り越して青くなっていく。
料理としての矜持。代目としての特権。最の砦だった「自分だけの腕」すらも、とうの昔に放棄していた怠惰の証拠が、のに晒された。
「嘘よ……」
幸子が甲い鳴をげた。
「嘘に決まってるわ! 浩司は先代の息子よ! あの子がを継いでいないわけがないでしょう! 本さん、あなた美緒さんに買収されたのね!? 昔からの恩を忘れて、よくもそんな鱈目を!」
「お母さん」
幸子の喚き声を、鋭く切り裂く声があった。
原田玲奈だった。
ゆっくりとちがった玲奈の目は、完全に据わっていた。昨までの、嬌を振りまいて幸子に媚びを売っていた女の面は微もなかった。
「玲奈……?」
幸子が戸惑ったように眉をひそめる。
玲奈は元の袋にを突っ込み、からある物を取りした。
くしゃくしゃに丸められた、淡い桜のエプロン。胸元に、糸で丁寧に刺繍された文字。『瀬亭 女将 玲奈』。
玲奈はそれを、浩司の顔面に向かって、い切り投げつけた。