みかん小説
本棚

"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第8話

幸子は座敷の座に座り、涙をハンカチで拭いながら訴えたという。その隣には、殊勝な顔をして俯く浩司と、黒いなワンピースに着替えて「献な妻」を演じようとする玲奈が控えていた。

集まったのは、先代の代から来の付きいがある元の力者たち。商振興会の会を務める之内をはじめ、古くからの顔馴染みばかりだった。

幸子は、彼らが必ず「の」に方してくれると信じ込んでいた。

「先代が葉ので泣いております。あの子……美緒さんは、うちの財産に目が眩んで、にを売り渡したんです。どうか、商の皆様の署名を集めて、あの買収を無効にしていただけないでしょうか」

幸子が々とをげた。

だが、部を満たしたのは、幸子が期待したりの声ではなかった。苦しい、気まずい沈黙だった。

やがて、腕を組んで黙って聞いていた之内が、湯呑みをコトリと置いた。

「……の奥さん」

之内は、どこか呆れたような、痛ましいものを見るような目で幸子を見つめた。

「あんた、本当に何もらんのかね」

「え……?」

幸子が顔をげた。

「、先代が急にくなって、が億を超える借で競売にかけられそうになったのこと、忘れちまったのかい?」

「それは……浩司が、必で働いて返したと……」

「違うよ」

之内は吐き捨てるように言った。

広告

「あの、商の役員会にで乗り込んできて、をげて回ったのは美緒さんだよ。取引先への未払いをどうやって分割で清算するか、とどうリスケジュールを組むか、事業計画を抱えて何も駆けずり回っていたのは、美緒さんだった」

幸子の表が、凍りついた。

「な……何を仰るんですか、之内さん。美緒さんはただの嫁で……」

「美緒さんはな、自分の実のお父が遺してくれた遺産を全額突っ込んで、しい会社を作ったんだよ」

之内はたい線を、隣でさくなっている浩司に向けた。

「あのの債権者説会、わしもち会ったんだ。美緒さんは『瀬亭の板と、先代のを失わせたくない』って、涙をこらえてをげていた。そして、その横にいた浩司君、あんたは何て言った?」

浩司の肩が、ビクッとねた。

「あんたは言ったんだよ。『俺は経営のことは分からない。美緒にすべて任せる。俺は厨で料理を作ることしかできないから、株も会社も全部美緒に持ってもらって構わない』ってな。そう言って、自分から類に実印を押したんじゃないか」

部のの空気が、瞬で凍結した。

玲奈が、弾かれたように顔をげた。その目は見かれ、隣の浩司の横顔を凝していた。

「……え?」

玲奈の喉から、掠れた声が漏れた。

「浩司さん……? それ、どういうこと……?」

広告

浩司は顔を伏せ、膝ので拳を握りしめたまま、言も発することができない。脂汗が額から滲みて、畳のにポタリと落ちた。

本が、静かにをいた。

「俺もそのにいたよ、浩司」

本の声はく、逃げのない刃となって浩司を追い詰めた。

「おはっていたはずだ。から、瀬亭の経営会社はおのものじゃなく、美緒さんのものだったってことを。おはただの雇われ社だったんだ」

「違う……!」

幸子が切り声をげた。

「そんなの嘘よ! 浩司が騙されたのよ! あの子が浩司を言いくるめて、類に判を押させたに決まってるわ!」

「母親ので格好つけたかっただけだろうが、浩司」

本は幸子の叫びを無し、浩司の額を指差した。

「おはを救ってもらった恩を忘れて、いつのにか『自分がを守った代目オーナー』だと嘘をつき始めた。母親にも本当のことを言わず、この若いお嬢さんにも『婚すればは俺たちのものだ』と吹き込んでいたんだろう」

集まった常連客たちが、斉に軽蔑の差しを浩司に向けた。

「見損なったよ、浩司君」「先代のを守るどころか、恩の奥さんを追いして、嘘で塗り固めた板を掲げていたのか」「けない男だ……」

、またと、席をっていく。幸子が必に縋り付こうとするが、誰として振り返る者はいなかった。

個に残されたのは、荒い息を吐く幸子と、青ざめて震える玲奈、そして項垂れた浩司のだけだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: