"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第7話
「だったら……!」
「それを『ただの事務員』扱いして、裏で別の女に『女将』の座を約束したのが、あなたよ」
浩司は息を呑み、歩退りした。言い逃れのできない事実のみに、その体が耐えきれなくなっている。
そこへ、監査チームの男性が伝票の束を持って入ってきた。
「浩司様。過半の経費精算について、いくつか確認がございます」
男性は淡々と、赤ペンでチェックの入った領収をテーブルに並べた。
「週末の級寿司の領収、都内ホテルの宿泊費、それから座の宝飾での決済。これらはすべて『交際費』および『福利費』として処理されていますが、業務の関連性を証できる記録が切ありません」
浩司の目が激しく泳いだ。
玲奈を連れ回していたの豪遊の記録。私には「取引先との会だ」と嘘をついて提していた伝票だった。
「これらは私流用と判断せざるを得ません。総額で百万円。本をもって仮払としての処理を止し、全額の返還、または役員退職慰労との相殺を求めます」
「よ、百……!? そんな、あるわけないだろう!」
「なければ、個資産の差し押さえ、あるいは業務横領としての刑事告訴も野に入ります」
男性の徹な宣告に、浩司の喉がヒッと引きつった音をてた。元がふらつき、背の棚に背を打ち付ける。
広告
特権の剥奪。を自分の財布代わりに使い、威張り散らしていた々の代償が、容赦のない数字となって突きつけられていた。
私は段ボール箱を抱え、静かにちがった。
「美緒……待ってくれ、美緒……!」
背から伸びてくる浩司のを、私は振り返りもせずに振り払った。
事務所をると、客席にはもう誰もいなかった。磨きげられたテーブルのに、の始まりを告げるいが差し込んでいる。
私はの引き戸をけ、のたい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。携帯話が、バッグので微かに震えた。
画面をくと、見らぬ番号からのショートメッセージ。だが、その文面を見れば、誰からのものかは瞬で理解できた。
『婚したからって、浩司さんの邪魔をするなんて最です。女の嫉妬で見苦しいとはわないんですか? 浩司さんからを奪って、のを潰す気ですか? 私たちは真剣なんです。あなたさえを引けば、すべて丸く収まるのに』
原田玲奈からだった。
指先が微かにたくなるのをじた。だが、は微も揺らがなかった。この女はまだ、自分がっている面の脆さに気づいていない。
私はち止まり、切のを交えずに返信を打ち込んだ。
『婚したからといって、私が持っていた株式まで、浩司さんのものになるわけではありません。
広告
権利と契約の初歩です。論を私に向けないでください』
送信ボタンを押す。度と返信を見るつもりはなかった。
翌。事態は、義母の幸子がきしたことで、さらに醜悪な沼へと転がり落ちていった。
幸子にとって、瀬亭がのに渡ることは、己のそのものを否定されるに等しい屈辱だった。、「老舗の板を守ってきた女将」という虚構のプライドに縋り付いてきてきただ。
幸子は、先代の代からの古い常連客や、元の商の鎮たちに片っ端から話をかけまくった。
「あの子がを乗っ取ろうとしているのよ!」「の伝統が、酷な嫁に売りばされそうなんです!」
そうやって泣きつき、同を買おうと画策したのだ。
そして曜の夕方。瀬亭の所にある本料理の個に、幸子は数名の常連客と、浩司、玲奈、そして厨の本を呼びした。
経営陣に対抗するための「支援者集会」をくつもりだった。
私はそのにいなかった。すでに株式を放した私には、そこへ乗り込む理由も義務もなかったからだ。だが、その席で何が起きたのかは、そのの夜、本からの話によってすべてらかになった。
「……ひどい茶番だったよ、美緒さん」
受話器の向こうで、本がくいため息をついた。
「あのババア、常連さんたちので泣き落としを始めたんだ。
『瀬亭のを守れるのは、息子の浩司だけです』『どうか皆さんの力で、あの欲な買いを追いしてください』ってな」