みかん小説
本棚

"五十七回の夜と、四十七枚の告発" 第7話

ただのヒステリーだ、したことじゃない」

結。それが、秘の本名だった。

私は布団のでさらにさく丸まり、ざかっていく彼の声を静かに聞いた。彼は階段の踊りへと歩いていったようだった。

彼は彼女のことを「結」と親しげに呼び、私のことはいつも「」とく呼んでいた。、ずっとそうだった。

私は目を閉じ、い枕にく顔を埋めた。量販で買ったばかりのポリエステル綿の枕は反発力がく、を預けても容易には沈み込まなかった。

自宅のベッドに置いてある、の使用で央がく窪んだ羽毛枕の触とはまるで違っていた。だが、毎この枕で眠り続ければ、いずれ私のの形に馴染んでいくはずだった。

そんな考を巡らせるうちに瞼はくなっていったが、の奥底では、加亭の厨のタイムスケジュールが勝に回転し続けていた。

今は曜だ。週の初めは客が比較落ち着いているはずだが、週に回の型仕入れが入るでもあった。百の鈴さんが、荷台いっぱいに鮮な野菜を積んで裏からやってくる帯だった。

鈴さんは厨に私の姿が見当たらないことに気づけば、私の携帯に話をかけてくるだろう。しかし私の端末は源が落ちているため、最終には健の携帯へと連絡がいくはずだった。

広告

健は何と答えるだろうか。「女将はし体調を崩して休んでいるが、仕入れはいつも通り厨の蔵庫に入れておいてくれ」とでも取り繕うのだろうか。

鈴さんは「さんは丈夫なんですか」と配そうに尋ねるだろうが、健はそのしのぎの嘘をねて適当にあしらうに違いない。

私は寝返りを打ち、布団を肩までく引きげた。窓ののがわずかに移ろい、赤レンガの壁に反射するいが、たいから鈍い黄へと変わっていた。

太陽が真に昇ったようだった。しかし向かいの壁が界を遮っているため、部のは依然として暗く、ドアの隙から差し込む筋のだけがを照らしていた。

静まり返った部ので、私は自分の臓が刻む鼓にを澄ませた。ドク、ドク、と、途方もなく遅く、規則正しいリズムを保っていた。

ドアのからは、もはや何の物音も聞こえてこなかった。健は諦めてちったようだった。私はゆっくりと瞼をろし、ようやくい眠りのへと落ちていった。

目を覚ましたとき、計の針は午をきく回っていたようだった。部のはさらにを失い、夕が静かに忍び寄っていた。ドアの隙から差し込んでいたの筋も、すでに消えっていた。

私は枕元のバッグにを伸ばし、スマートフォンのたい触を確かめたが、しばらく迷った末に源を入れるのをやめた。

広告

体を起こしてベッドのヘッドボードに背をもたせかけると、腹の奥からグウとい音が鳴り響いた。昨の昼から今に至るまで、にしたものといえばあの酸っぱい梅シロップのスプーン杯分だけだった。

私はちがり、ミニキッチンへってさな蔵庫をけた。は空っぽで、先週掃除に来た際に放り込んでおいた百ミリリットルのミネラルウォーターが本だけ転がっていた。

キャップを捻ってに含むと、え切ったが喉を通り抜け、空っぽの胃袋に染み渡るのが分かった。アパートの階にはさな個商があったが、今は誰とも顔をわせたくなかった。

私はベッドに戻り、枕のから再びあのの帳を引き抜いた。

頁目をめくると、そこには「牛骨とレンコンのスープ」の詳細な調理法が記されていた。材料のグラム数、煮込む際の微妙な加減、各程にかける正確な分数に至るまで、義母から教わった通りの順が並んでいた。

岐阜の義母は、レンコンを選ぶ際はデンプン質のい粘り気のあるものを選ばなければじっくり煮込んだときにもっちりとしたがないこと、そして牛骨はで半かけて血抜きを徹底しなければ澄んだ旨がないことを、何度も私に教えてくれたのだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: