"妻を平手打ちした夫が、30分後「娘には言うな」と懇願した" 第6話
「もう度と、あの敷居は跨がない」
タクシーは赤信号で減速し、夜救急病院の暗いロータリーへと滑り込んでいった。
夜救急の自ドアがいた瞬、消毒液のたい臭いと、く眩しい蛍灯のが網膜を刺した。
夜の待には、酔っ払いの若者と、咳き込む齢者が数。その淀んだ空気のへ、結に腕を支えられながらを踏み入れる。
「佐藤美紀さん、番の診察へどうぞ」
無質なアナウンスに呼ばれ、い診察のドアをけた。当直の当番医は、代半ばの疲れた顔をした男性医師だった。カルテに目を落としたまま「どうされました」と言いかけた医師が、私の顔を見た瞬にペンを止めた。
「……これは、どうされたんですか」
医師の鏡の奥の目が、わずかに見かれる。私は自分から名乗り、医療従事者としての最限の識があることを端に伝えたで、事実だけを告げた。
「夫から、平で顔面をく殴打されました」
隣にいた結が、さく息を呑むのが聞こえた。医師は表を消し、事務な、だが慎なつきで私の頬に触れた。指先が皮膚に触れた瞬、ズキリと骨に響くような激痛がり、わず喉が鳴る。
「をけてみてください。……あー、の頬粘膜に裂創がありますね。歯で内側を切っています。止血はしていますが、鬱血がひどい。
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鳴りはしますか?」
「……はい。殴られた直から、い属音がずっと続いています」
医師は舌打ちしそうになるのを堪えるように唇を引き結び、元の端末に素くキーボードを叩き込んだ。
「のため部のCTと、頬骨のレントゲンを撮りましょう。骨折の無を確認します。科の専医はの朝しかいませんが、音響傷の能性がいです」
検査のたい械のに横たわりながら、私は井のいパネルの数を数えていた。械がい子音をてて私の部をスキャンしていく。涙はなかった。ただ、の結婚活の終わりを告げる械音が、蓋骨の奥で反響しているようだった。
、渡された診断には、徹な活字が並んでいた。
『顔面部挫傷、腔庭部裂創、傷性能障害の疑い。全治週の見込み』
「佐藤さん」医師は診断のカーボンを切りしながら、く言った。「警察には、すでにお話しされましたか?」
「これから、検討します」
「今夜のうちに被害届をすことをお勧めします。これは単なる夫婦喧嘩の怪ではありません。派な傷害事案です」
「ありがとうございます」
診断を受け取ると、いの擦れる音が、妙にに響いた。待に戻ると、結が私のバッグと処方された痛み止めを抱えてっていた。
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娘の目は赤く腫れていたが、その差しには先ほどまでの揺は消え、たい決のようなが宿っていた。
「お母さん、タクシー呼んであるから」
「……結のマンションにくの? でも、あそこは浩も所をってるでしょう」
「ううん。直子さんのところ」
結のからた名に、私はハッとした。田直子。私が勤める総病院の同僚で、来の親友だ。直子は数に調婚を経験しており、今は内の賃貸マンションで暮らしをしている。
「直子さんにさっき、病院のロビーから話したの」結は私の背にを添えながら言った。「お母さんがこんな状態なのに、にしておけないって。今すぐ来なさいって言ってくれた」
病院をると、え切った未の空気が、腫れがった頬を鋭く刺した。吐く息がく揺れる。タクシーに乗り込むと、座席のクッションに体が沈み込んだ瞬、全の筋肉が鉛のようにくなった。
直子のマンションに着いたのは、午を回った頃だった。
インターホンを鳴らすと、鍵が解錠される音がして、すぐにドアがいた。部着のにカーディガンを羽織った直子が、無言で私を見つめた。私の顔を見た瞬、直子の眉がピクリとねがったが、彼女は何も聞かなかった。
「……入りなさい。寒かったでしょう」
その言だけで、張り詰めていた私の胸の奥が、音をてて軋んだ。
リビングのテーブルには、温かいほうじ茶と、湯気をてる姜入りのスープが用されていた。