"正月の料亭で仲居に渡された「逃げてください」の紙切れ" 第1話
お盆のの漆器ががる瞬、仲居さんの指が私の掌へさな片を押し込んできた。
誰にも見えない、座卓のの角。指先が擦れったのは、ほんのコンマ数秒のことだった。
「……?」
わず顔をげると、の着物をまとった配の仲居さんは、線を畳に落としたまま々とをげていた。
「おげいたします」
何わぬ顔で膳を片付け、静かに襖を引いて部をていく。その、わずか数秒。
座卓の向こうでは、義母が嫌で燗の徳利を傾けていた。
「真由美さん、慮しないでどんどんべてね。今はお正なんだから。いつも頑張ってくれているあなたへの、私からの謝の気持ちよ」
の正。赤坂の裏にある、完全予約制の級懐料理。普段なら、お茶の淹れ方ひとつ、産の選び方ひとつで「気が利かない」「育ちがるわね」とチクチク言をねてくる義母が、なぜか朝から満面の笑みを浮かべている。
「真由美さん、いつもありがとうね」
さっきからりたときも、義母は私の腕に自分のを絡めてそう言った。結婚して。そんな言葉を義母のから聞いたことなど、度たりともなかった。
(……何なの、この気な優しさは)
胃のあたりが、じわりとくなる。隣に座る夫の修に目をやった。夫は先ほどから元の刺をつつくばかりで、私の線からあからさまに目をそらしている。
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スマホの画面を伏せたり表にしたり、落ち着きなく指をかしていた。
「修さん、何かあるの?」
声で尋ねると、夫はびくっと肩をねさせた。
「え? あ、いや……何でもないよ。母さんがせっかく奢ってくれるんだから、楽しめよ」
声がずっている。何かを隠しているときの、夫の典型な癖だった。
膝ので、きつく握りしめたままのをく。さくつ折りにされた、箸袋の裏。私は卓ので、指先の覚だけを頼りにそれを広げた。
覗き込んだ界に、ボールペンで殴りきされた文字がび込んでくる。
『逃げてください』
臓が、どくりと嫌な音をててねた。
喉の奥が、瞬でカラカラに乾く。……逃げて、ください?どういうこと?悪戯? それとも、別の客へのメモの渡し違い?
だが、部に入ってきたときの仲居さんの、あの張り詰めたような真剣な差しが脳裏をよぎる。私をまっすぐに見据え、躊躇なく掌にねじ込んできたあのの触。
「……あの、お母さん、お洗いにってきます」
「え? もうすぐ次のお肉料理が来るわよ?」
満げに眉をひそめる義母の声を背に浴びながら、私はちがった。の裏にたい汗が滲んでいるのがわかる。襖をけ、廊へた。
静まり返った料亭の廊は、ほのかに檀のりが漂っている。燈のかりのをしむと、角のに、先ほどのお盆を抱えた仲居さんがっていた。
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名札には「桜井」とある。代半ばほどの、落ち着いた佇まい。彼女は私の姿を認めると、周囲を素く見回し、音もなく駆け寄ってきた。
「お客様、突然あのようなものを渡してしまい、申し訳ありません」
掠れた、けれど切迫した囁き声だった。
「あの……どういうことですか? 私、何か……」
「ご庭の事に首を突っ込むのは、私どものとして決して許されることではありません。ですが……あまりにも、あんまりだといまして」
仲居さんは胸元にを当て、声を震わせた。
「お連れ様が到着される、広のほうで、お義母様とお義姉様がお話しされているのを聞いてしまったのです」
「……広?」
聞き返した瞬、背筋にたいが落ちたような覚がった。私たちの部は、掛けのさな個だ。広など、予約しているはずがない。
「はい。奥の『松の』をご親戚同でご予約されています。もうすぐ皆様がお揃いになります」
仲居さんは私の目をまっすぐに見つめ、言言を押しすように言った。
「お義母様とお義姉様が仰っていたんです。『あのを広に連れてって、親戚全員が揃った席で約束させる。あの子が断れないように堀を埋めてあるから』と」
のが、真っになった。親戚全員ので、約束させる?体、何を?
「奥のお部から、お声が聞こえます。