"家族はすき焼き、義姉だけが台所で水かけご飯を食べていた" 第1話
居の引き戸の隙から、甘辛い割りの匂いと、く弾む男たちの笑い声が漏れていた。
けれど、私のは廊の暗がりので完全に止まっていた。
台所の隅。
ステンレスの流し台のすぐ脇に置かれた、古びた丸子。
そこに、義兄の妻である真帆さんがで腰掛けていた。
元にあったのは、皿から取り分けた等な牛肉でも、炊きたてのご飯でもない。
欠けたさな茶碗に、をそのまま注ぎ入れただけの、え切った飯。
添えられていたのは、乾きかけた切れのたくあんだけだった。
「……真帆さん?」
わず声が漏れた。
真帆さんの肩が、まるでを浴びせられたかのようにビクッとねる。
顔をげた彼女の瞳には、らかな怯えのが浮かんでいた。
「あ……遥さん。ごめんなさい、私、こんなところで」
慌ててちがろうとする真帆さんの元で、茶碗ののがチャプンと音をてる。
喉の奥が、砂をみ込んだようにざらりと乾いた。
胃の調子が悪いから台所にいる、と居で義母が言っていたはずだった。
欲がないから、で休ませているのだと。
目のにあるのは、病に差しす粥ではない。
昨夜の残りにたいをぶっかけただけの、らかな「罰」のような残飯だった。
「胃の調子って……それ、たいおですよね。お肉、居にたくさんあります。
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私、お皿に取ってきますから」
「いいの。本当に、いいの」
真帆さんは首を激しく横に振った。
その表は、空腹をしているの顔ではなかった。
ただひたすらに、居にいる誰かに見つかることを恐れている顔だった。
「遥さん、お願いだから向こうへ戻って。義母さんにられちゃうから」
「どうして真帆さんがられるんですか? 朝からずっとでお料理を作ってくださっていたのに」
「いいから……」
真帆さんがすれ違いざまに、私の腕をそっと引いた。
そののひらは、氷のようにたかった。
居の方から、スリッパの擦れる音がづいてくる。
「真帆さん! お茶のおかわり、まだかしら。気が利かないわねえ、本当に」
義母の声が廊に響いた瞬、真帆さんの指先が私ののひらに滑り込んできた。
カサリ、とさな乾いた触。
つ折りにされた、さな切れだった。
「……お願い」
声をさず、唇のきだけで真帆さんがそう呟いた。
私は反射に指を丸め、そのを掌のに隠した。
義母が台所の入りに姿を現す。
その顔には、先ほどまで私に向けていた柔らかい笑顔の残骸が貼り付いていた。
「あら、遥さん。どうしたの、こんなところで。直さんが寂しがってるわよ」
「あ、すみません。おを杯いただこうとって」
「まあ、そんなの真帆さんに言いつければいいのに。
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気が利かない嫁でごめんなさいねえ。さあ、居へ戻りましょう。お肉、めちゃうわ」
義母は真帆さんの元にあるかけご飯を瞥すら扇せず、私の背を穏やかなつきで押した。
そのの温もりが、なぜか背筋をぞっと寒くさせた。
居に戻ると、夫の直は義兄の太さんとビールグラスを打ちわせていた。
「直もやっと落ち着いたか。いい奥さんもらって羨ましいよ」
太さんが赤ら顔で笑う。
直は照れたようにのを掻きながら、私の顔を見てふわりと笑った。
「遥、どこってたの? ほら、すき焼き、まだいい肉残ってるよ」
付きって。
入籍して、今でちょうど目。
私が好きになったのは、この穏やかで、誰に対しても角をてない優しい笑顔だった。
周囲に気を配り、私の仕事を誰よりも応援してくれる。
総病院の薬剤師として夜勤や当直をこなす私の活リズムを、嫌な顔つせず支えてくれた。
『母さんはちょっとがいところがあるけど、根は悪いじゃないから』
今、のでそう言っていた直の言葉が、ので気にリフレインする。
テーブルので、膝のに乗せた切れを指先でそっと広げた。
誰の線も私に向いていないことを確認しながら、線だけを落とす。
そこには、ボールペンで震えるような文字がっていた。
『午4、駅の喫茶「こもれび」へ。私もきます。
直さんには、まだ言わないで。